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By My Side
By My Side

どこにでもあるのどかな海辺の田舎町、それが今や。各地で激戦を繰り広げる攘夷志士らの、拠点地区に成り変わっていた。
戦局は悪化の一路を辿り、国を護るべく剣を手に此処へ集結する戦士たちの平均年齢は一層若くなり、近頃ではまるで少年の面立ちの者までもが見られるようになった。
それは長く続く戦に因って、既に数多くの侍が命を落としていったことを意味している。


 * * *


白い砂浜が長く伸びるこの海岸は、空が青い季節ならばとても美しいだろう。
だが時は冬。風は吹きすさび灰色の海は激しく荒れ狂い、厳しい姿を曝す。そんな冬の海岸に松林から一組の男女が現れた。

青年の名は坂田銀時。そして娘の名は桜。
凍える寒さの中、銀時は襟巻きを口元まで引っ張り上げた。大柄で逞しい体格だが、どこかまだ表情に少年の幼さを残している銀時も、攘夷志士として戦に参加していた。
隣を歩く桜は、大きく身を震わせながら乱れる髪を片手で押さえ、もう片方の腕でしっかりと銀時にしがみつく。

いよいよ明日にはこの海辺の町を離れ、厳しい戦いが予想される激戦地に赴く銀時。
激しい海風を受けながら季節外れの海岸を寄り添いゆっくりと歩く二人は、もうこれが最後なんだと悲しい覚悟を決めていた。  


初めて二人が出会ったのは、まだお互いにあどけなさを残しながらも、大人へ向かい始めていた夏だった。
ちょうどその頃、この町にやってきた銀時は甘味に目覚め、暇さえあれば桜の働く団子屋に通い詰めていた。一方、幼い頃に団子屋に引き取られ身寄りもないという境遇の桜。
桜は傍目には健気な少女に映っていたのだろう。実際は明るい娘だったが、周囲は同情的な目を向け距離を置こうとした。所謂年頃の青年である攘夷志士らでさえもそうで、皆どこか遠慮がちな態度で接する中、銀時だけが違った。
同じ境遇だからなのか、それとも初めて会った瞬間から何か感じるものがあったのか。
最初は兄妹のように憎まれ口を叩き合っていた二人が恋仲へと変わっていくのに、さほどの時間は要さなかった。


砂浜に腰を下ろした二人は、そっと身を寄せ合った。
左手で砂をすくっては、さらさらと指の間から零して遊び始める桜を横から眺める銀時には、零れ落ちる砂がまるで砂時計のように思えてくる。
二人で過ごす時間は、もう残り僅かしかない。
そう痛感し思わず唇を噛み締めた。

「…明日からさ」

しばらく沈黙を守っていた銀時が絞り出すように切り出した。
だが桜は、戦に向かう旨を告げても特に表情を変えなかった。黙って頷いただけで、左手はまだ一人遊びを止めないでいる。

「聞いてんのかよ?」
「うん」

戦局が悪化している今、戦場に赴く。
それは今生の別れを意味することくらい、桜にもわかるはずだ。それにも関わらず淡々とした態度を見せる桜に、銀時は次第に苛立ち始めた。

「これっきりもう会えないかもしんねェっつってんだよ! もう帰ってこれねェって!」
「やめてっ! 言わないで! 」

桜は銀時の言葉を勢いよく遮った。
左手に砂を握りしめたままの桜が、声も立てず涙を零していたことに気付いた銀時は、小さく溜息をつき荒れ狂う海に目を遣った。
不意に初めて二人でここへ遊びに来た日のことが頭を過ぎる。
規則的な波音が繰り返し響く夏の夜。満天の星明かりの下、二人きりではしゃいでいると何もかもをすっかり忘れてしまえた。

このままずっと二人でいられたら。

何度そう思っただろう。
それが今では二人でいるのがこんなにも苦しいなんて。 

俺達何も変わっちゃいねェのにな。

あれから三年と少しの季節は流れたが、お互いの気持ちは何一つ変わっていないのに、決して望んでなんていない別れを交わさなければならないことが、銀時は苦しくてたまらなかった。

並んで座る二人の沈黙を、波音だけが無遠慮に邪魔をする。寄せる波が砂浜に打ちつけられるたび、銀時は一つ、二つ、と、無意識に数えて気を紛らせた。

「私は何もできない」

不意に桜が瞳を涙で濡らしたまま言った。

「銀時のために何もしてあげられない」
「何もできねェのは俺の方だ」

頬を伝う涙を指で拭ってやった銀時は、その肩にもたれかかるように額を寄せると、固く目を閉じ、少しくぐもった声で呟いた。

「俺、何にもできちゃいねーよ……」
「そんなことない。私は銀時がいるだけで…」
「側にもいてやれねェだろ!? それどころか生きて帰れるかどうかすらわかんねー!」

思わず出してしまった大声に身を固くした桜は、腕からすり抜けるように抜け出し立ち上がった。
そのまま歩き出そうとする桜の腕を、銀時は慌てて捕まえる。

もうこれで最後になるかもしれない。
それはちゃんと最初に伝えたはずだ。なのに話もできないまま、別れの言葉さえ交わさないまま、何故桜は帰ろうとするのか。それが銀時にはどうしても理解できない。

「こんなままで、俺ァ別れらんねェよ……」

初めて聞く銀時の泣き出しそうな声に、少し困ったような呆れたような表情を浮かべた桜は、きつく掴まれた手首をそっと引き離すと銀時を見上げた。

「どうして今日私に会いに来たの?」
「どうしてって……最後にお前に会いたかったからに決まってんだろうが」
「銀時は何もわかってない!」 
「何がだ!?」

強い口調で否定された銀時が再び声を荒げた次の瞬間、桜は銀時の胸に飛び込んだ。

「最後なんて、言わないでよ……」

そっと頬を寄せてくる桜に胸が急激に高鳴りだす。

こんな時にどうしようもねェ馬鹿野郎だ俺ァ。

それでも、どうしても衝動を抑えることができず、屈み込むようにして桜の唇を塞いだ。



次第に気持ちが静まっていくのが自分でもわかる。こうして桜を感じているだけで気持ちが安らいでいく。

どうしてほしいわけでもない。
何かが変わるわけでもない。
ただ少しでも長く一緒にいたいだけ。

触れていてェ、つながっていてェ。ただそんだけだ。ほんと、情けねー。まるでガキのようだと自分でも思う。

長い口づけをようやく終えた二人は、小さく肩を揺らし呼吸を整え、視線が合わさると互いに照れ笑いを浮かべた。

「ねェ銀時……」
「ん?」

頭の上から聞こえる、優しく通る低い大好きな声。
その声が少しでも声が響くようにと桜は耳を寄せる。

「ごめんね。私……本当は見送るのが辛いの」
「……」
「見送るなんて……二度と会えなくなるなんて、考えたくもないから」

下手に感情を動かせば泣き叫んでしまいそうで、必死に感情を抑えながらゆっくり途切れ途切れに話す。

「お願い。独りに、しないで……」

どうかこの音が止まってしまいませんように。
どうかこの温もりが消えてなくなってしまいませんように。

直接耳に聞こえる鼓動を感じながら銀時の手を取った。

掠れた声で縋る桜の気持ちが、銀時には痛いほどに理解る。巣のない二人にとって互いは恋人であると同時に、仲間でもあり、また兄妹のようでもあったのだから。

「こんなこと言ったら銀時が困るのもわかってるの。本当にごめんね」
「お前が謝るこたァねーだろ。俺だって」

銀時が桜の背中を優しく撫でる。

「俺だって本当は……」

言葉に詰まる銀時を気遣うように、今度は桜が銀時の背中を軽く撫でた。

「本当はずっとお前の側にいたい。守ってやりたい。でもな……」

本当は桜の言いたいこともわかっている。必ず生きて帰ってくると、嘘でもそう言ってほしいのだろう。できない約束でもほしいのだろう。
 
必ず生きて帰る。

そんな約束をすれば俺は必ず生きて帰ろうとしてしまう。
だけど命を惜しんで戦える程、甘いもんじゃねーんだ。

「……約束は、できねー」

掠れた声で銀時は言った。

辺りはすっかり闇に包まれ波音は一層激しくなる。残り少なくなっていく時間を惜しむように、二人はいつまでも帰れずにいた。

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