放課後の音楽室
月曜日1
『おはよう! 元気になった?』
『もう大丈夫なのかよ?』
『なんか痩せたんじゃね? 今日の体育は見学しなよ』
久しぶりに登校し教室に入った途端、桜は次々とクラスメートに声を掛けられたので驚いた。
今のクラスになって二ヶ月。
クラスメートとはあまり話もせず、とてもクラスに馴染んでいたとは思えなかったのに不思議だった。
明るい顔に見えるのだろうか?
待ち遠しい顔をしてるのだろうか?
本当のところ、学校来るのがこんなに楽しみだったのは初めてだけれど。
始業のチャイムが鳴り止み約10秒。
いつものタイミングで銀八がZ組にやって来る。
「起立」の号令に生徒がバタバタと立ち上がる中、銀八は目が合うと小さく口角を上げてみせた。
挨拶が済むと出席簿を開いて、いつもどおり出欠確認が始まる。
「今日は、欠席ゼロっと…」
銀八は桜を見て、また小さく頷いた。
桜は心臓の鼓動が早まり、笑い返すなんてできもしない。
いつも通り出欠確認を終えた銀八は、手短に連絡事項を伝えると、さっさと教室から出て行ってしまった。
今日は現国の授業がないので、この後は終礼まで銀八の姿を見ることはまずないだろう。
普段と何も変わらない朝の時間。
頬杖をついた桜は小さく溜息をついた。
ぼんやりしてるうちにいつのまにか一限目になり、土方がZ組にやってくると一気に教室が静まった。
そういえば去年担任だった土方とは、個人面談くらいでしか話したことがない。
いくら担任といえども、個人的に接触する機会は案外少ないのだ。
「田中」
出席簿を閉じた土方に急に名前を呼ばれた桜は、ちょうど頭の中で何となく土方のことを考えていたので驚いて顔を上げた。
「お前二回授業抜けてるだろ。渡してないプリントがあるから職員室に取りに来い」
「はい」
後は何もなかったように授業が始まる。
教科書のページを捲る音、ひそかに交わされるおしゃべりの声、黒板に打ち付けられるチョークの音。
土方の低めの声が眠気を誘う。
小さく欠伸をすると、次第に土方の声が遠くなっていった。
* * *
すべての授業が終わると、再びZ組に銀八がやってきた。
間延びした口調のせいか、だらだらとした印象を与える銀八だが、意外に要領は良い。
授業のテンポは速いし、終礼は毎日どのクラスよりも早く終わる。
今日もいつもと同じようにさっさと終礼を終え、銀八が教室を去って行くと一日が終わった。
休んでいる間に少し銀八に近づけたような気になり、登校することを楽しみにしていただけに、桜は内心がっかりしていた。
賑やかな教室のあちこちから、
「銀八」
「銀ちゃん」
「銀さん」
好きな呼び名で担任の噂話をしている声がする。
先生はみんなの先生でしかない。
そんな当たり前のことが今は少し寂しい。
先生はいつでも来いと言ってたけど、あれはたぶん何かあればいつでも来いという意味だよね。
でも早いうちにちゃんと先生にお礼が言いたいし。
迷う桜の鞄の中には、銀八がくれた手土産から選んできた箱入りチョコレートがちゃんと入ってある。
「あっそうだ。職員室」
土方に呼ばれていたことを思い出した桜は、とりあえず職員室へ寄ってから帰ることにした。
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