[携帯モード] [URL送信]

放課後の音楽室
朝帰り1

昨日と同じ服を着替える暇もなく鞄を引っ掴み、慌ただしく桜の家を飛び出した銀八だったが、焦ったわりには思ったよりも早く学校に辿り着くことができた。
職員用の靴箱から職員室までの距離を、気休めに髪を撫で整えながら歩く。
途中の壁に嵌め込まれてある鏡を横目で見ると、そこにはいつもと変わらないボサボサ頭があった。

「うぃっす!」

職員室の席に着き、隣でプリントを揃えている土方に声をかける。

「おう…!?」

顔を上げた土方は、銀八を見た途端に珍しく目を輝かせた。
周囲を見回して近くに誰もいないことを確認すると、身を乗り出し掠れた小声で囁いてくる。

「お前、昨日家に帰ってねェだろ!?」

土方らしくない下世話なノリに、銀八はガクっと肩を落とすと呆れた声で言い返した。

「オメェは高校生か!? なにうれしそうな顔してんだよっ」
「んだよ、別にどうでもいいけどー。きっと生徒にも言われるぞ。あいつら目ざといからな。目の下にクマなんか作りやがってよ」

ったく、いちいち細けェ野郎だ。
んなもん誰が服まで見てるかよ。上から白衣も着るってのに。

心の中で毒づきながら教室に向かった銀八だったが、すぐに土方スゲーと感心することになった。

Z組の扉を開けた途端、

「先生、昨日と同じ服来てるー!」

あちこちから声が上がり、教室中がどっと沸いた。
朝帰りだと囃し立てる声、口笛を吹く生徒まで出る始末。

「あーのーねー!? テメェらよォ!!」

大声で叫ぶと一気に教室が静まった。
生徒達の視線が一斉に注目する中、銀八は頭を掻いて続けた。

「俺をいくつだと思ってんだー?テメェら高校生とは違うんだぞ!? 朝帰り!? 結構じゃねーか! つーかね、同じ服だから朝帰りって…ったくガキはこれだから」
「当たり前です。私達高校生ですからー」
「このシャツは2枚組だったしネクタイはコレ、お気に入りだからね。ついつい連続で着けてきただけだっつーの!」
「嘘だー。そんなダサいネクタイ」
「何だとー!? とにかく。先生はテメェらとは違って大人だから! いろいろ楽しいことがあって当たり前だから! んなことでいちいち大騒ぎすんじゃねーよ!」

再び教室に冷やかしの声が沸いた。

いくらただの看病だといっても、教師が一人暮らしの女子生徒の部屋で一晩過ごしたなんて、世間が認めるわけがない。
首も飛びかねない。

それは銀八だって充分理解している。
自分らしい冗談を織り交ぜた嘘の言い訳を選ぶ銀八の目に、また桜の席が映し出された。



 * * *



職員室にもチャイムが鳴り響き、午前中最後の授業を持つ教師は、各々目的の教室に出払った。
朝から向かう教室毎に同じ言い訳を繰り返してきた銀八は、やっと生徒達の質問攻めから逃れられると椅子の上で伸びをした。

ったく、くだらねェことにだけ興味示しやがって。
もっと勉強にも興味示しやがれ。

「なぁ? 俺が言った通りだろ?」
「んあっと!?」

伸びの姿勢から急に声をかけられ、銀八は後ろにひっくり返りそうになった。
一服から戻ってきた土方が笑いながら席につく。

「ああ、うぜェよ。なんなの? アイツら」
「お前がいい年して朝帰りなんかしてっからだ。ったく恥ずかしくねーのかよ!?」

やましいことは何もないのに、反論できない自分が悔しい。

「今日はさっさと帰るか」
「おう。今日はちゃんと家帰って着替えて来いよ」

独り言のように呟くと、土方の説教くさい言葉が返ってくる。
気を取り直して作業を始めるが、桜のことが気にかかってなかなかはかどらない。

今頃どうしているだろうか。少しは回復しただろか。
それだけじゃない。
なぜ桜が一人で暮らしているのかも気になった。

隣の土方なら知っているかもしれないが、このタイミングで聞くわけにもいかない。
意味もなく手にしたペンを回してみても、胸がざわついてどうにも落ち着いていられない銀八は、机の引き出しに常備されているキャンディーを取り出し口に放り込んだ。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!