放課後の音楽室
風邪3
* * *
ただテレビを見ているだけにも飽きてきて、時計を見るとそろそろ十時。
基本的に仕事を家に持ち帰ることはあまりしない銀八は、普段家にいればゲームか本や雑誌を読んで過ごし、後はさっさと寝てしまう。
ただ今日は自分の家じゃないせいか、テレビを見ても雑誌を読んでも少し落ち着かない。
桜は眠ってはいないようで、静かに横になっている。
何日も寝込んでいたわけじゃないようだし、前回に比べると少し楽そうに見えた。
桜が背中を向けているのをいいことに、銀八はコタツの中で横になり体を伸ばしてみる。
言いたいことがあってきたはずなのに何くつろいでんだ、俺ァ。
もう関係ないと言われても桜に会いに来たのは、今の気持ちをちゃんと伝えたかったからだった。
もし拒絶されたら、それはもう仕方がない。
タイミングが合わないなんて、よくあることだ。
そう決心し、いい年をした大人が高校生相手に正面からぶつかりに来たというのに、すっかりチャンスを失いコタツで寝そべる始末。
情けない自分に思わず笑いそうになる。
「先生どうかした?」
「ん…、いや? 何も」
どうやら止めたつもりの笑い声が、桜に漏れていたようだ。
「なんかすごい暑い。汗かいちゃった」
桜は身体を起こすと、枕元のポカリに手を伸ばした。
赤い顔をしているので、銀八もコタツから起き上がり桜の額に手を当ててみた。
「まだ少しあるな。汗出てるなら良くなると思うけどな」
「汗ひどいから着替えたい」
「ああ。そうしろ」
「先生がいたら着替えられないじゃん…」
自分でも言ってから気がついたが、訂正する間もなく先に桜に言われてしまった。
「ああ…そりゃそうだな。ま、俺もそろそろ帰るとするわ。この調子なら明日には熱も下がんだろ?」
先に気付けば良かった。
桜に言われてから出て行くのは何だか情けない。
追い返されてるみたいじゃねェか。
とはいえ、もう時間も遅いし帰るにはちょうどいいきっかけだった。
「そうだね。先生、いてくれてありがとう。ちょっとは楽になったよ」
特に引き止める様子もなく笑う桜に、寂しさが胸を掠める。
荷物をまとめジャケットを羽織っていると、桜が起きて見送りに来た。
「起きても大丈夫なのか?」
「うん、平気」
本当は何の用でここに来たのか。
桜は最後まで聞こうとしない。
「早く良くなれよ」
「うん」
「心配だし明日また来るわ」
「うん」
「じゃあな」
うん、としか言わない桜に声をかけ部屋を出ると、閉じられたドアの内側からカチャリと鍵をかける音がする。
それは何だか非情な音に聞こえた。
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