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放課後の音楽室
恋はあせらず4

 「なんか見られると、落ち着かない…」

フォークを持つ手を止めた桜は、困ったような表情で銀八を見た。

 「いつまで食ってんだよ」
 「味わって食べてんの」

少しふてくされた子供っぽい表情で言い返してくる。

大人でも子供でもない中途半端なアンバランスさは、高校生の今しか持てない魅力だろう。

高校教師がこんなこと考え出したらもう終いだ。

次から次と湧いてくる雑念を払おうと銀八は勢いよく髪を掻き交ぜ、大きく深呼吸した。

 「さっきから何? 気になって食べられないじゃん」

挙動不審な銀八に桜は呆れた声を出す。

 「もういいから、こっち来いって」

今すぐ桜を抱きしめたい。
気持ちが走り出した銀八は、桜の手首を掴んだ。

 「まだ残ってる…」
 「いいから」

手首を掴んで引き寄せると、手から離れたフォークがカチャンと音を立て、皿の上に落ちた。

 「まだ残ってたのに……」
 「後にしろ」

未練がましくケーキを振り返る桜の肩を抱き寄せ、覆い被さるように唇を重ねる。
ほんの短いキスを交わして、二人は至近距離で見つめ合う。
少し不安げに眉を寄せ、何かを訴えかけるように潤む瞳。
まだガキなんだからと止めようと思っても、本人はすっかり女の表情を見せている。

 「…そんな顔すんなよ」

喉が渇いて声が掠れた。

 「先生…」

小さく開いた唇から、名前ではなく先生と呼ばれる背徳感。
今更ああだこうだと理屈こねるなら、最初からこうなるべきじゃなかったんだ。

 「俺、全然余裕なんかねェよ……」

銀八は眼鏡を外してテーブルに置いた。


 * * *



先生ってこんな瞳をしてたんだ。
そう桜が思う間もなく、今度は深く唇が奪われた。
こんなキスだって別に初めてじゃなかったが、今までの経験なんて子供同士の拙いお遊びだったんだと思い知った。

余裕がないなんて先生は言うけれど、こんなに優しくて甘いキスは初めてだ。

銀八の腕に力が篭ってくると、桜は何だか急に怖くなってきた。
今なら気持ちを抑えることもできるだろう。
もしも明日銀八の心が離れたとしても、今ならまだ耐えられると思う。

けれどこれ以上銀八を好きになってしまったら、もう一人じゃいられなくなりそうな不安。
そしてこのまま流されたら、きっともっと銀八を好きになってしまう予感がした。

少し息苦しくなった桜は、身をよじって銀八の胸を押し返した。
唇が離れ見つめ合う二人。
濡れた唇から少し乱れた息を吐く銀八の瞳は、普段の死んだような目とは全く想像つかないほどに妖しくて強い。

先生は学校の先生だけど、こんな状況になればやっぱり大人の男の表情をするんだ。

いやに冷静に銀八を見ている自分がいる。
怖いけれど、知りたい気持ちもある。

 「どうする…?」

低く掠れた銀八の声、密室の中抱き合う二人。
まるで選択肢がないこの状況で、銀八は桜に答えを委ねる。

 「そんなこと……聞かれても、困るよ」
 「じゃ、俺が決めていい?」

銀八はほんの少し目を細め、右の口角を上げた。

 「先生……」

身を固くする桜は、耳元を舌でくすぐられ思わずのけ反った。
今度は唇が首筋を辿って下りていく。

壁にもたれて座る銀八が桜を支えるように抱きかかえているが、桜が逃げるように右に左にと首を振るせいで、どんどん体勢が崩れていく。
床に倒れ込むまであと少しというところで、銀八は桜を抱いたまま一旦体勢を立て直し、二人は座ったまま向き合った。

 「この間はお前に焦りすぎなんて言っておいてさ、格好つかねェよな」
 「……」
 「焦ってんのはお前じゃん、みたいなさ」

急に銀八は独り言のように話し始めた。

 「なぁ」
 「何?」
 「どうする? 今ならやめれるぞ?」

再び銀八は桜に選択権を委ねてきた。
だが今度はさっきと違い、ちゃんと選択肢が用意されている。

ただしどちらかを選ぶのは私だ。

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