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放課後の音楽室
恋はあせらず3

食事を終えた銀八は、部屋に匂いがつくといけないからと、玄関前の廊下へ煙草を吸いに行った。
その間に簡単に片付けを済まし、コーヒーを淹れる準備をした桜は、ケーキを冷蔵庫から出してみた。
そっと箱を開けると中身は小さくてかわいい苺ケーキだ。

 「うわぁ!」

ケーキは銀八が丁寧に運んでくれたおかげで、完璧に無傷だった。

 「あっ、コーヒー? 俺カフェオレにして。砂糖入りで」
 「うん。わかった」
 「おお! ケーキ無事だったんだな」

斜め後ろに立った銀八が肩ごしにケーキを覗き込んでくる。
吸い立ての煙草の匂いを強く感じ、少しドキドキした。



カフェオレが出来上がり、銀八が器用にケーキを切り分けデザートタイムが始まった。

 「これ、俺からのお祝いだからな。就職おめでとさん」
 「うん。ありがとう」
 「まだ成人じゃねェけど社会人になるんだからさ、しょっちゅう寝込んでんじゃねェぞ?」

突然銀八は先生モードに口調を変えるが、桜はのんびりと卒業を口にした。

 「あと少しで卒業かぁ。寂しいな…」
 「別に俺達ゃ何も変わんねェだろよ。むしろお前が卒業した方が堂々とできるってなもんだ」
 「環境変わるのはやっぱ不安だよ」
 「不安って誰が? それを言うなら俺の方が不安だっつーの! 学校なんか狭い世界だけどよォ、社会に出りゃあ出会いもぐんと増えるぞ!?」

一気にケーキを食べ終えた銀八は、カフェオレに口をつける。

 「先生も不安になるの?」

桜は銀八の意外な言葉に、素直に驚いてしまった。

 「当ったりめェだ。俺ァけっこうヤキモチ焼きなんだよ。見た目通りデリケートなんだよ」

銀八は冗談ぽく言いながら目線を逸らし、一人で照れている。

 「勝手にヤキモキ焼いて余計なことまで言っちまったり…。何度もそんなことあったろ?」
 「あったっけ?」
 「ああ、あった」
 「土方先生のこと、とか?」

それらしい出来事を思い返してみるが、それくらいしか思い浮かばない。

 「あー。それもあるし…。学祭の後さ、お前いろんな野郎と付き合ってなかったか?」
 「別に付き合ってないけど……」
 「え? そうなの?」
 「うん」

学祭を機にクラスの男子達とも打ち解けたのは本当だが、付き合ったりはしていない。
桜のあっさりとした返事に、銀八は拍子抜けする。

 「俺…勘違いしてたからなぁ。あー、やっぱ寂しいだけだったんだなってさ、俺のこともそうだったんだって。だからあんな酷いこと言っちまったってわけだ。本当ごめんな」

内定を伝えに行ったあの日のことかと、桜はやっと思い当たった。

 『先生と離れるのが寂しい』

自分の中では必死の思いで口にした言葉を、誘い文句と言われたのは確かに悲しかった。
だけど誤解も解け、あの時の銀八の気持ちも聞けた今は、もう全て水に流れている。

 「もういいよ。今は気にしてないから」

気まずそうに、だけど真剣に、話してくれただけで充分だから。

 「お前はどうなんだよ?」
 「んー? ヤキモチ?」

のんびりした動作でケーキを切り分けながら、桜は首を傾げた。

 「全くないわけじゃないけど…。先生は大人だからしょうがないって割り切ってるかなぁ」

ニッコリ笑ってケーキを口にする。
それが桜の本心かどうかはわからないが、言葉通りに受け取るならば、ずいぶんと余裕のある言葉だ。

いつもどこか年の割に冷めている桜。
クールな女は嫌いじゃない。
性格なんてのは年齢とは全く関係ないんじゃねーかと、桜を見てると近頃そう思う。
いくら年が近かろうが、合わない女は合わないのだから。

持って生まれた性格なのか、それともあえて感情を抑える癖がついているのかはわからないが、どちらにせよもっと桜を知りたい、もっと違った顔が見てみたいと欲求が湧いてくる。

銀八は壁にもたれ掛かるように背中を預けた。
ゆっくりとケーキを口にする桜は、冷静な目になればどこから見てもまだまだ子供。

焦っているのはテメェの方だ。

すっかり夢中になっている自分に、どこか醒めた頭が冷静になれと囁いた。

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