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放課後の音楽室
夏風邪4

「…あと三分っと」

カップラーメンに湯を注ぎ終えた銀八は、腕時計を確認してから桜の元へとやってきた。

「よいしょっと」

ベッド脇に腰を下ろすと急に真面目な顔になり、改まった様子で口を開いた。

「お前さぁ、本当に一人で暮らしてんのか?」

桜は黙って頷いた。

「話せる範囲でいいから教えてくれよ。こんな状態の時でもずっと一人でよォ、俺が来なかったらマジでやばかったぞ? ろくに飲まず食わずであっというまにやつれちまってるじゃねェか」

こんなに痩せてなかったよな…?
Tシャツの首元から覗く鎖骨に目が止まり、制服姿の桜を思い出してみる。

「長くなるから今はしんどい」
「ああ、事情は今度でいい。んなことより助けてくれるヤツ、本当にいねーのか?」
「……」
「本当に誰も?」

何か堪えるような、そんな表情で頷く桜にもう一度聞き直してみても、桜はまた頷くだけ。
少しの間、何か考えるように黙り込んだ銀八は、不意に顔を上げると柔らかい表情を浮かべた。

「じゃあ、今度からは俺に頼れ。遠慮しなくていいから。何かあった時は俺を頼れ、な?」

熱のある額に銀八の手の平が触れる。
大きな手の平を意識した途端、何故だか急に涙腺が緩み視界が滲んで見えた。

「おっ! 三分たったな。んじゃー悪ィけど横でラーメン食わせてもらうぞ。あっ、まだ熱あるからちゃんて寝ろよ?」

涙に気がついたのか、それとも本当に三分経ったのか。
銀八は立ち上がると台所に向かった。


 * * *



午後11時半過ぎ。
テレビを消して時計を見た銀八は、桜の様子を見ようと立ち上がった。
眠っている桜の額にそっと手を当ててみる。まだまだ熱は高そうだが、水分を取ったおかげか幾分楽になったようで、安らかな寝息を立てていた。

『先生、大丈夫だから帰ってもいいよ』
『病人放ってそのまま帰れるかよ』
『でも、明日も学校だよ? 私は大丈夫だから』
『いいから黙って寝とけって。お前が寝たら帰るから』

数時間前の会話が頭に浮かんでくる。

「帰れねェよなぁ…」

まぁ近くだし、早朝家に戻りゃァいいか。

壁を背もたれにして楽な姿勢を取り、軽く仮眠を取るため目を閉じた。


 * * *


太陽の光を受け栗色に輝く髪、ノートにペンを走らせる伏せた瞳。
教室の風景だ。

『っと次はー、今日何日だ? 6日? じゃあ女子の6番ー』

慌てて顔を上げた桜と視線がぶつかる。
立ち上がった桜は、なぜだか教壇に向かって進んできた。

『坂田先生』
『何だ? おいっ!』

何が起きているのかすぐに理解できずにいると、桜は肩を掴んで勢いよく揺さぶってきた。

『先生。坂田先生!!』
『いや、だから何って?』

「先生起きて!! 坂田先生!?」

壁にもたれたまま眠ってしまっていた銀八は、ようやく目を覚ました。

「先生、時間ないって! 8時なんだよ!?」

寝ぼけまなこでゆっくり辺りを見回していた銀八は、部屋の時計に気付くと動きをピタリと止めた。

「ぅええええ???!!!! マジでか!? ちょ、ちょ、ちょっと、これはやべーって!!!」

慌てて立ち上がり玄関に置いたままの荷物へと急ぎ、さっさとジャケットに袖を通していく。

「このまま行くから。今日一日はしっかり寝てろよ」
「先生、ごめんね。私のせいで」

銀八は立って靴を履きながら、桜の額に手を当ててみた。
手が触れた途端、また熱が上がってきたように顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる桜は、そのことに気付かれないよう俯いた。

「おお! 下がってんじゃん。良かったな。んじゃ、ちゃんと寝とくんだぞ?」

学校ではまず見られない爽やかな笑顔を見せ、銀八は背中を向けたまま片手を上げドアの向こうに消えていった。
カチャリと中から鍵をかけ、カーテンが閉まったままの薄暗い部屋を振り返る。

急に静かになった室内。
台所には昨夜銀八が食べたカップラーメンがそのまま残されている。
微かに煙草の匂い。
部屋のそこかしこに銀八の気配がある。

今まで一人でも平気だったのに。
先生が来てから…一人の部屋が寂しいよ。

布団に潜り込んだ桜は、心の中でそう呟いた。

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