放課後の音楽室
恋はあせらず2
約束の金曜日。
学校帰りにケーキ屋へ寄ってた銀八は、予約しておいたケーキを受け取り、安全運転で桜の家に向かった。
着いたら七時をだいぶ過ぎていたので、早足で階段を駆け上がりドアをノックすると、すぐに桜が顔を出し笑顔を見せた。
「先生! いらっしゃい」
普段は一人暮らし特有の、どことなく寒々しい桜の部屋。
だが今日は料理の匂いのせいか、どこか懐かしい暖かさ、家庭感が漂っている。
テーブルの上には、桜が用意してくれた肉やサラダが並んであった。
「すげェじゃん。これ、お前が作ったのかよ?」
「うん。簡単なものしか作れないんだけどね」
「簡単なものでこれなら充分だろ。すげェな、お前素麺ばっか食ってるイメージだからびっくりしたわ」
「あの時は夏バテだって言ったじゃん」
銀八は大事に持ち帰ったケーキを、桜に手渡した。
「これ、冷蔵庫入れろ。後で食うから」
「ケーキ!?ありがとう! 早く食べたい!」
桜がケーキを冷蔵庫へ運ぶ間に、銀八はジャケットを脱いでネクタイを外すと、この前と同じ場所に座った。
寝込んでいる桜の側で、言いたいことも言えずに寝っ転がっていた夜。
一体何しに来たんだと後悔もしたが、行って良かったと今となっては思う。
小さなテーブルの向かい側に桜が座り、ささやかなお祝いが始まった。
「じゃ、早速いただきまーす」
「いただきます」
「んー、んまいわ」
口いっぱいに頬張った銀八の言葉に桜はうれしそうに微笑んだ。
そして二人は、目の前に並ぶ料理の話からテレビCMの話、タレント話、音楽の話、そして学校の話へと、次々と話題を変えながらも話は尽きることがない。
外で食事したことはあったけれど、楽にできる家での食事は、もっと楽しくて箸が進む。
何気ない会話を交わしながら家でとる食事なんて、子供の頃以来だ。
胸に記憶の奥に眠っていた懐かしい食卓の景色が鮮やかに甦り、こんな時なのに少し苦しい気持ちになる。
「どうした? 箸が止まってるぞ?」
「ううん、別に。あっ! 先生、テレビつける?」
泣いてしまうわけにはいかない。
桜はテレビで気を紛らわせようと考えた。
「何、お前テレビ見ながら食べる派なの?」
「まぁ、いつもは一人だしね。先生は違うの?」
「俺は外食派だからな。あっでも家でラーメン食う時はテレビつけてるか」
「じゃあ、つけるね」
立ち上がりスイッチを押しに行く桜を、銀八は訝し気な表情で見つめている。
「どうせくだらねェ番組しかやってねェだろ」
「え? つけない方がいい?」
桜が振り返った。
「何なの、お前」
「何って?」
「何じゃねェよ。何かあるんだろ? 言えよ」
結局テレビをつけず元の場所に戻る桜を、銀八は口に箸を運びながら問い詰める。
「先生鋭いね」
「ったりめェだ。俺ァ教師だぞ? 生徒の小さいサインを敏感に受け取るのも仕事のうちなんだよ」
「そんなもんなの?」
「そんなもんなの。で? どした?」
銀八はさっきから箸を休ませることなく食べ続けているが、顔は真顔で桜をちらちらと見ていた。
隠してもしょうがない。
桜はあきらめて話し始めた。
「うん、たいしたことじゃないよ? ただね、こうやって喋りながら家で食事するなんていつ以来かなぁって思い出しただけ」
「なんだ、わざわざ隠すようなことじゃねェじゃん」
「別に隠したわけじゃないけど」
「隠しただろ。急にテレビつけるとかさ、怪しいんだって。せっかく楽しく飯食ってんのに、テレビとかいらねェだろ」
少しふて腐れたように話す銀八を見ていると、何だか桜はくすぐったい気分になってくる。
二人で過ごすこの時間を楽しんでくれてると思うと、じんわりとうれしかった。
「家族の団欒的なものを思い出したんだろ? こうして二人で飯食っててさ」
「うん」
ご飯をかき込んでいた銀八は、茶碗を置いて桜を見た。
「俺はうれしいけどね。幸せな記憶と並べてもらえて」
なんでそんな台詞がサラっと簡単に出てくるんだろう。
今度は何だかモヤモヤした気持ちになる。
「先生ずるい」
「何が?」
「何でそんな余裕なの?」
「ハァ!? 別に余裕なんてねェよ」
銀八はそう言うけれど。
桜からすれば、いつだって銀八の言動は余裕たっぷりに思えた。
どうしたって敵わない。
そう思い知ると、逆に無駄に足掻きたくなる。
いつもそうなのだ。
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