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放課後の音楽室
先生の決心2

 「…何とか言えよ」

溜息まじりに吐き出される、銀八の聞いたことのないような低く静かな声。
真っ直ぐな視線に射抜かれるのが怖くて目を逸らしていた桜は、やがて深呼吸するようにゆっくりと息を吐き、ようやく口を開いた。

 「私、もう辛い思いはしたくない。先生のことを信じて、またいつか一人になるのが怖い」

今更遅いってわけか。

銀八は目を閉じるが、桜の言葉はまだ続いていている。

 「けど私、すぐに勘違いしちゃって。頑張ってあきらめようとしてまた同じ繰り返し。今だってそう…」

目を開けた銀八は、隣で泣き出しそうな桜に思わず左手を伸ばし、桜の手を包み込むように触れた。

 「勘違いなんかじゃねェよ」
 「え…?」
 「だから勘違いでも何でもねェんだって。もう俺は理屈こねないことにしたから」

手に触れたまま身体を起こし、真っ直ぐ同じ目の高さで桜を見つめて言った。

 「俺は逃げねェよ」
 「同情じゃないの?」

すっかり涙声なのに、何とか涙をこらえようとする桜がいじらしくてたまらなかった。

 「同情なんかじゃねェよ。好きなんだよ、お前のことが」

本来ならまだ卒業もしていない生徒相手に、教師が言っていい言葉じゃないはずだ。
それなのに口にした途端、急に気分は楽になった。

 「それって、どういう意味?」

頭の中がうまく働かず桜は聞き返す。

 「どういうって…そういう意味だろ」

そういう意味?
その前に先生は何て言ったっけ?

 「まだ私、先生のこと好きでいてもいいの?」
 「何言ってんだ、オメェは。人の話聞いてますかー?」
 「だって信じられないんだもん。ずっと、あきらめようって頑張ってたから」

ただ触れているだけだった手を、銀八はぎゅっと強く握りしめた。
二人の視線が絡み合う。その瞬間を合図に、銀八は強く桜を抱き寄せた。

 「迷惑だったか? 今更か?」

腕の中で桜が首を振る。
髪、肩、背中と撫でていくと、桜の肩が小刻みに震えていた。

少し埃っぽい学校の匂い。煙草の匂い。
それと微かに甘い、先生の匂い。

桜は胸いっぱいに吸い込む。
うれしくて苦しくて、幸せでちょっとだけ不安で、涙が溢れた。

 「桜…顔見せて」

頭の上から響く声にそっと顔を上げると、間近にある銀八の顔。
優しく髪を梳く大きな手が桜の頬を包み込み、親指で涙を拭う。
不安げだった顔にささやかな笑みが浮かび、唇に視線を落とすと桜は自然に目を閉じた。

軽くほんの一秒だけ。

重ねた唇を離す。
この瞬間から二人は、もうただの教師と生徒じゃない。
銀八は再び口づけた。
今度は何度も何度も軽いキスを繰り返す。
不思議と焦れる思いはなく、何か大切なものを…愛し子を愛でるような気持ちで桜を胸に抱いた。

 「もう、お前は一人じゃねェから」
 「うん…うん」

 『もう一人じゃない』

その言葉を噛み締めるように、桜は何度も何度も頷いた。





 「そろそろ戻るか」

銀八は軽く倒したままだったシートを起こし、エンジンをかけた。
車のデジタル時計は九時半を示している。
ここから戻るのに、ゆっくり走ってちょうどいい時間だ。

 「ねぇ先生」
 「ん?」
 「明日になっても変わらないよね?」
 「何言ってんだ。また熱でも出てんのか?」

銀八は手を伸ばして桜の額に当てた。

 「なんか明日になって、なかったことになってたらヤだなぁって」

笑っているのにどこか不安げな桜の瞳。

 「ならねェよ」

頭を撫でてやると、猫のように首を寄せ甘える桜の瞳は沈んだままだ。

 「ならねェって」

瞳を覗き込み、もう一度今度は真剣に答えると、桜はニッコリ笑って頷いた。

 「じゃあ、行こうな」

車を動かし帰路を辿る。

もう何も桜に隠すことはない。
気持ちを抑えることもない。

これまでと変わらない、何気ない会話を交わしていても、二人を包み流れる空気は全く違う。
去年までの自分が今の自分を見たら、十歳近くも年下の高校生、それも教え子相手に何てザマだと、きっと呆れ返るだろう。
けど今は、誰が何と言おうが桜を守れりゃそれでよかった。

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