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放課後の音楽室
風邪2

五分程して、外から部屋へ近づく足音が微かに響いてきた。
あれはきっと銀八の靴音だ。
ドアの前で止まるかどうかをベッドの中で賭けてみる。
次第と大きくなる靴音は、予想通りドアの前でピタリと止まった。

 「買ってきたぞー」

手にしたコンビニ袋にポカリのボトルが何本も見える。

 『点滴みたいなもんなんだよ』

銀八が前に言ってた言葉を思い出した桜は、ポカリ信仰は相変わらずだと少し笑いそうになった。

 「はい、これな」

銀八は袋から取り出したポカリの蓋を緩め、桜に手渡した。
桜は起き上がって少しだけ飲むと、また横になった。

 「なぁ」

銀八はベッド横の床に腰を下ろした。

 「お前の具合がもう少し落ち着くまで、ここにいてもいいか?」
 「……」

すぐには答えられない。

 『俺を頼れ』

あの日先生は、同じ場所に座ってそう言った。
心配そうに見つめる瞳は、あの日と同じ。
だけどこんな時に優しくされても、それは同情でしかない。
担任として気にかけてくれているだけ。

もうわかっている。

 「いいよ。私も心細いから…」

それなのに、少し優しくされればすぐに勘違いしてしまう。
断ち切ろうとしたはずが、また同じことの繰り返し。
それでも拒否できないのは、こんな時だからだろうか。

桜は自分の弱さがつくづく嫌になった。

 「そっか。じゃあ、しばらくいるからさ。そのまま寝とけよ」

銀八はベッド横の小さなコタツに足を入れ、さっきコンビニで調達したらしい雑誌を袋から取り出した。

 「いつから寝込んでんだ?」
 「今日から」
 「寒くなったからな」

聞かれたことに答えるだけだと、すぐに会話は途絶えてしまう。
桜も聞きたいことはたくさんあるけれど、一つも何も言い出せない。

一人でいる時は気にしたこともなかったが、窓もカーテンも閉め切った部屋の中は案外静かだ。
時折どこか遠くで聞こえる誰かの話し声。
通りを走る車の音は、どことなく波の音に似ている。
静かな部屋は、銀八がページを捲る音さえ何となく気になって落ち着かなかった。

 「先生、テレビつけて」
 「うるさくねェか?」
 「大丈夫だから。なんか適当につけてよ」
 「はいはーい、わかりましたー」

軽く笑った銀八がテレビをつけた途端、賑やかな笑い声が部屋に響いた。
次第に音に紛れて気まずい空気が和んでいく。
しばらくすると銀八は、

 「なぁ、ラーメン作っていいか?」

と、言い出した。
まるであの日と同じ時間をなぞるように台所に立つ銀八の後ろ姿を、桜はぼんやりと見つめる。

あの日と何も変わらない時間。
けれど、じゃあ何が変わったというのだろう。
自分の気持ちはやっぱり変わってはいないし、先生は同情してくれているだけ。
あの日と何も変わらない。

先生は?
何で今日うちに来たんだろう?

考えかけてやめた。
もう何度も答えは出ている。
期待なんかすれば、また後で辛くなるだけだ。

ただ、今は同情でも何でもいいから側にいてほしい。
惨めったらしさに桜は自分でも嫌になった。

 「お前は食べなくても平気か? 少し食うか?」

不意に銀八が振り返って声をかけてきた。

 「いらない」
 「そっか。んじゃ勝手に食べさせてもらうな」

出来上がったラーメンをそっとコタツに運んだ銀八が早速隣で食べ始めると、美味しそうな匂いにつられて少しお腹が空いてくる。

元気になってきた証拠か。

代わりにポカリをしっかり飲んで、桜はまた布団にくるまった。

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あきゅろす。
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