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放課後の音楽室
先生の決心1

「あーおいしかった。先生ありがとう」
「ああ。お前本当に麺類が好きなのな」

パスタが食べたいという桜の希望で、学校から遠く離れた町までパスタを食べに行った二人は、お腹も膨れて再び車に乗り込んだ。
時刻は八時前。まだ時間を気にする必要はない。
行き先もないまま走り続ける車の中で、二人は取り留めのない会話を交わし合う。
表面上はまるで、桜が資料室に遊びに来ていた夏の日に戻ったようだ。

久しぶりに見ることができた桜の笑顔、それも自分に向けられる笑顔に満たされている。
なんだかんだと理由をつけて桜に関わっていたのは、同情でも何でもない。
自分がただ一緒にいたかっただけなんだと、今更ながら思う。

…で、俺はどうしたい?

どう転んでも三月には卒業だ。
今更わざわざ好きだのなんだの口にする必要もねーんじゃねェか?
桜が笑ってくれるようになったんなら、もうこのまま流れに任せりゃいい。
別にそれで何も問題ねェだろ。

次第に気持ちがぶれてくる。
真っ直ぐに向き合うことが苦手で、理屈をつけてはすぐに逃げ出してしまう悪い癖。
そんな自分にまた嫌気がさしてくる。

そもそも昨日部屋を訪ねて最初になんて言った?
話があるからって会いに行ったんだろうが。
きっと桜だって忘れているわけじゃねェはず。

 「ねぇ先生?」

ふと我に返ると、訝しげな表情で桜がこっちを見ていた。
頭の中でごちゃごちゃと考えていたせいで、どこか上の空になってたようだ。

 「…あ? 何?」
 「全然聞いてなかったでしょ?」

桜が身を乗り出し、笑って覗き込んでくる。

もう遅いかもしれない。
けど今思ったことは今伝えておかなけりゃ、必ず後でややこしいことになる。

 「なぁ…桜」
 「先生は何の話があって昨日ウチに来たの?」

覚悟を決め銀八は切り出すと、先に昨日のことに触れのは桜の方だった。

 「それを今から話そうと思ったとこだ」
 「そう」

桜を乗せていることもあり、普段以上に集中して運転するせいか、大事な話をしようというのに頭の中がうまく纏まらない。
どこか落ち着ける場所がないかと走りながら探していた銀八は、やがて安全な路肩に車を停めた。
エンジンを切った途端、車内は急に静かになる。

 「俺さ、どうしてもお前に謝りたくてさ…」
 「謝るようなことは何もないんじゃないの?」

さっきまで普通に接してくれていた桜の口調が、急に棘を含み出した。

 「いや、まぁ酷いこと言ったし」
 「……」
 「年取ってくとさ、だんだん理屈っぽくなんだよ。余計なことばっか考え出してさ」
 「先生まだ若いじゃん」

核心に触れようとしただけでこれだ。
さっきまでの何でもないような態度も、本当は無理をしていただけなのだとよくわかる。

 「若いけどさ。お前と比べりゃだいぶ違うだろ」
 「……」
 「いろいろ俺なりに理屈こねてたわけ。お前のこと考えてるつもりが余計にややこしくなってたっつーわけ」
 「……」
 「まぁ、なんだ……全部今更なんだけど」

黙ったままの桜に銀八は一人で話し続ける。

 「俺はさ、四月からずっとお前のこと見てたよ」

桜は驚いたように瞳を見開いた。

 「はっきり言うと特別視してた」
 「じゃあ、なんで……?」
 「だから。理屈こねてたんだって。俺は教師だしお前は生徒だしって。それに」

唐突に夏の夜の記憶が蘇る。

 「仮に俺がお前くらいの年頃でよォ……帰り際に寂しいなんて言われりゃ間違いなく何も考えねェで抱いてただろうな」
 「……」
 「それで良かったと思うか?」

桜は小さく首を横に振った。

 「全部俺が悪ィ。突き放したくせにお前が男と楽しそうにしてりゃ腹立って……。ホント勝手だわ。つくづく情けねェ」

一気にしゃべった銀八は、軽くシートの角度を倒して腕を頭の下で枕にした。

 「ここまで聞いた感想は?」

困ったような泣き出しそうな複雑な表情で、言葉を選んでいるのか黙り続ける桜の返事を待つ。
車内は別空間のように静まりかえり、時折通りを過ぎる車の音はどこか遠くに聞こえた。

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