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放課後の音楽室
放課後の資料室

資料室で作業している銀八の耳に、階下からいつものように吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。
吹奏楽部は普段は三階にあるいくつかの教室を使い、楽器別に練習を行っている。
さすがにもう慣れたが、バラバラの音には苛々させられることもたまにある。
けれど、毎日五時過ぎから始まる一斉の演奏は耳に心地良く、自然と指がリズムを刻んでいた。

これ、聞いたことがあるなぁ。
何だっけ? わりと有名なアレだよな。

近々演奏会でもあるのだろう。
聞こえてくるのはクリスマスソングメドレーだ。

窓の外に目をやると十二月だから当然だが、外は既にもう真っ暗。
冬休みに入り仕事も少ないので、銀八はもう帰ることにした。

片付けを終えてポケットから携帯を取り出したが、一旦手を止めて少し考える。
一学期に携帯番号とメアドは桜から聞いおいたものの、苦手なメールは送ったこともない。
電話は夏休みに一度かけたきり。
逆に桜からは一度も連絡が来たことはなかった。

うっかりメアドを教えてしまえば、しょっちゅうくだらないメールをよこしてくる携帯中毒の高校生達の中で、桜はとてもクールだ。
環境なのか性格なのかはわからないが、そのクールさが立場も年齢も関係なく惹かれた理由の一つでもあった。

手にしたままの携帯を一旦机に置き、銀八は煙草を取り出す。
これ以上桜と関わってどうなるのかと、まだ少し迷っていた。
これからまだまだ桜の世界は新しく広がっていくはずなのだ。
担任として気持ちよく送り出してやるべきじゃねェのか?
それこそ高校生じゃあるまいし、好きだから好きと言っていいわけもない。

 「年取ると打たれ弱くなんだよなぁ…」

思わず本音が口をつく。
あれこれ理屈こねて結局は言い訳かよと、自分自身に嘲笑が漏れる。
煙と溜息を共に吐き出した銀八は、煙草をもみ消すと乱暴に立ち上がり資料室を後にした。


 * * *


 「よォ」

結局連絡はしないまま訪ねてみたが、桜は普通にドアを開けてくれた。
黒いパーカーにデニム姿で、ラフだが完全な部屋着でもなさそうな格好だ。

 「具合はどうだ?」
 「もうすっかり良くなったよ。冬休みで遊び疲れただけだったみたい」
 「あのなぁ…」

肩を竦める桜に銀八は呆れた声で続ける。

 「お前も4月からはいっちょ前に社会人になるんだろ? 体調管理くらいできないでどうするよ。何が遊び疲れた、だ」
 「はーい。すいませーん」

この場は先生モードで軽く桜を小突く真似をしておくと、桜はおどけて返事する。
笑う#name_2##は予想外に元気そうで、銀八は安心する反面、今日もまた何しに来たのかわからなくなってしまった。

 『元気になったんなら良かった。じゃあな』

そう言って帰るべきなんだろう、本当は。
それでもやっぱり。

 「あーそうだ。飯でもどうだ? 食いに行かねェか?」
 「御馳走してくれるの?」
 「ああ、まあな」

上目使いで首を傾げる桜の態度は、ここ最近と全く違って、銀八は内心戸惑ってしまう。

 「じゃあ行く」

唐突な誘い方にも拘わらず桜のリアクションは、仮に他の生徒を誘ったとしてもきっと同じだろうなといったものだった。

 「さ、行こうぜ」

もう桜はその他大勢の生徒達と同じ様に、俺をただの担任としか見ていない。
そう思うと少し気持ちが楽になる。
自分は桜が特別な生徒だからこそ、こうして連れ出そうとしているくせに。

 「え? 車じゃないの?」

外に出た途端、桜は驚いたように言った。

 「俺、帰り道にそのまま寄ったからな。別に近場でいいだろ?」

駅にも近い桜の家からなら、食べるところはいくらでも見つかると思っていたのに、桜は歩くのを嫌がった。
病み上がりでしんどいのかと思ったが、そうではなかった。

 「先生、勘弁してよ。ここ、学校からも近いし誰かに見られたらどうするの?」
 「あ? 大丈夫だろ。別に飯くらい」
 「そうじゃなくて。私のせいで土方先生大変だったんでしょ? 坂田先生も一緒にいるとこ見られたら何言われるかわかんないよ? 私だって何て思われるか…。絶対にやだ!」

桜の口から出た土方の名前に、勝手ながら微妙な気持ちになる。
微妙というより不快感。いや嫉妬心か。
だがすぐに先日の職員会議のやり取りが脳裏を掠めた。

 「……確かに何言われるかわかんねェな」
 「でしょ?」
 「しゃーねーな。俺、車取りに戻るわ。そんなにはかかんねェから適当に待っとけ」

納得した銀八は桜を残して一旦家に戻り、改めてもう一度出直すことにした。

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あきゅろす。
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