放課後の音楽室
風邪1
「あー、調子悪……」
目覚めた瞬間から何かが違う。
何とかベッドから起き上がると、時計の針はもう昼を示していた。
冬休みで良かったと桜はホッとする。
進路も決まり気楽な冬休み。
担任の忠告もどこ吹く風で、ここ数日調子に乗って遊び過ぎたせいだ。
明らかに体調がおかしい。
熱出てるな、たぶん……。
息が熱い。
重い身体を引きずって台所へ向かい、ゆっくり水を飲んでみると、少しばかり気分が楽になる。
学校は休みだし、二、三日寝てればなんとかなるだろう。
長引けば寝正月になるかもしれないが、別に何の問題もない。
コップを置いて、再びベッドに戻った。
元気な時は快適に感じることもある一人暮らしだが、一旦体調を崩すと途端に心細くなる。
身体を小さく丸めて布団を被った桜は、静かに目を閉じた。
* * *
「ん…?」
玄関のブザーが鳴ったような気がして桜は目を覚ました。
部屋はすっかり暗くなっていて壁の時計が見えない。枕元の携帯を手に取ってみると、いつの間にか五時半だ。
起き上がろうとしてみるが、朝より体調は悪化したようで頭の中がグラグラする。
再びブザーが鳴り、今度は後にノックが続いた。
息を潜め気配を殺す。
この部屋を訪ねて来る者なんて、どうせ何かの勧誘くらいだろう。
けど、まさか。
もしかしたら…。
頭に浮かぶ、もう一つの可能性。
桜はなんとか玄関へ向かうと、そっとドアに手をつき魚眼レンズを覗いてみた。
「なんで…?」
見覚えあるジャケット、見覚えある鞄、大柄なシルエット。
ドアの向こう側の銀八に小さく呟き、鍵に手を伸ばしかけたが、思わず躊躇し手を止めた。
「もう関係ないってはっきり言ったのに…」
ここでドアを開けたらまた同じ繰り返しになる。
迷っているうちに、ドアの向こうの銀八の靴音が早足に遠ざかって行く。
慌ててドアを開けて外に出てみたが、銀八は既に階段を降りてしまった後だった。
「……」
銀八と会えなくて想像以上にがっかりしていることに、桜は自分でも戸惑ってしまった。
家に戻ろうとする桜の耳に、再び階段を上ってくる靴音が聞こえてくる。
ほんの少しドアを開けたまま息を潜めていると、程なくして階段から銀八の姿が現れた。
扉が開いた音に気付き、戻ってきたのだ。
「なんだ、いたのか。話があって来た」
話? 何を今更?
それも何でこんな時に限って。
熱のせいか頭がぼーっとしてうまく言葉が出てこない。
「ちょっと待て。お前なんか顔色がおかしいぞ!?」
桜が支えていたドアを代わりに肩で押さえ、銀八が額に手を伸ばす。
手の平が触れる直前、桜は拒否するように俯いてみせた。
「…見せろって」
銀八は少し怒った声で静かにそう言うと、強引に額に触れた。
「やっぱ熱あるな。とりあえず寒いから部屋入れ。それと…家にポカリあるか?」
「ない」
「じゃ、今すぐ買ってくるから。鍵このままでいいか? お前は寝ておけ、な?」
桜の返事も聞かず一方的にまくし立て、銀八は出て行ってしまった。
銀八が触れていった額に手を当ててみる。
自分でも熱いとわかる。
熱で熱いのか、触れられて熱いのか、それはわからないが。
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