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放課後の音楽室
去年の担任2

 ※ ※ ※


校舎を出た銀八が、煙草を取り出そうとポケットに手を突っ込んだその時。
右側にある生徒用駐輪場の10メートルほど先に、同僚の後ろ姿を見つけた。

 「……ん?」

土方の体にすっかり隠れてはいるが、誰かと向き合っているように見える。
相手が何となく女生徒のように思えた銀八は、少しの間観察してみることにした。

くわえた煙草にライターを近づけた瞬間、それまで身動きしなかった土方の背中が動いた。
一歩前に出てくれたおかげで、さっきまでは見えなかった制服のスカートが銀八の位置からも確認できる。
少し躊躇いがちに土方は女生徒の肩を抱いた。

 「アイツがねぇ」

銀八はニヤリとしながら煙を吐き出したが、何となく覗き見も野暮ってものだ。
相手が誰なのかは気になるが、薄暗く距離もあるのでよく見えないし、自分と桜に置き換えれば見ないでいてくれた方が好都合だろう。
そう思った銀八は、そっと職員用駐輪場へと移動し学校を後にした。


 * * *


 「落ち着いたか?」

タイミングを見計らって声をかけた土方は、ゆっくりと肩から手を離した。

 「うん。先生ごめん」
 「もう暗いから気ィつけて帰れ」

そう言ってポケットからハンカチを取り出し、桜に渡した。

 「ありがとう。あっ、先生?」
 「どうした?」
 「私、内定もらったんだ」
 「あ?」

さっきまで泣いていたはずの桜の口から飛び出した意外な言葉に、土方は咄嗟に返事ができず、一呼吸置いてから言葉を繋げる。

 「ああ、内定か。おめでとう。じゃあ、なおさら早く帰れ。親戚の家にいるんだろ? きっと心配してるぞ」

自転車を取り出した桜は、不思議そうな顔で首を振った。

 「帰っても一人だよ? 一人で暮らしてるから」
 「は? 何だそれ」
 「今年の春から一人で住んでるの」
 「そうか。知らなかった」

頭の隅に何か思い出しかけた土方は、それが何なのかを思い出そうと上の空のまま適当に頷く。

 「先生、さっきのことは忘れてね。じゃあ、さようなら」

ひどくあっさりとした様子で走り去る後ろ姿を、土方は首を傾げながら見送った。



 * * *



 「おはようさん」

翌朝職員室へやって来た銀八は、いつも通り隣の土方に声をかけた。
だが土方はチラっと顔を向けただけで返事はない。
今日は朝から機嫌が悪そうだ。
といっても土方は大概不機嫌な顔しているが。

昨日のことを思い出し、少しニヤついた目で土方の様子を窺っていると、それに気付いた土方が睨みつけてきた。

 「何見てんだ、気持ちわりィな」
 「何もねェよ。別にー」
 「んだよ……」

まだ何か文句を言いたげな土方を置き去りに、銀八は少し早いが教室へと向かった。



チャイムが鳴り止まないうちに現れた、いつもより少し早い銀八の登場に、生徒達は慌てて各々の席へと散らばっていく。
頬杖をついて窓の外を眺めている桜は、普段の朝と特に何も変わらない。
昨日の今日だから仕方ないが、まだリボンはつけていないままだった。

教室を見回せばリボンをつけていない女生徒は桜だけではないし、男子生徒は学ランの中に赤だの緑だの好き勝手な色のシャツを着込んでいる。
中には紫色なんてヤツまで。

生徒達は皆、スカートはこれくらいの長さがカワイイ、裾は入れない方がカッコイイ、ボタンはとめない方がいい、リボンはない方がいい等、それぞれ自分達なりのオシャレの基準を持っている。
そういう気持ちを理解しないわけでもない銀八は、生徒に対し服装について厳しくしたことはなかった。

桜が初めてだった。
それも酷い理由で、だ。

もし自分が教師じゃなければ。
桜が生徒でなければ。
こんなに年が離れていなければ。
何も躊躇することなく、桜を傷つけることもなかったのに。

そんな後悔を続けていた自分を避けるようにしながら、周囲の男子生徒に笑顔を向ける桜に対し、苛々とした気持ちをぶつけるための身勝手な言い分に過ぎなかったのだから。

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