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放課後の音楽室
夏風邪3

 * * *


しばらくウトウトとしてしまった桜は、ドアが開く音で目を覚ました。

「おーい、ポカリ買ってきたぞー」

部屋に戻ってきた銀八は、買い物袋をこっちに見せつける。

「身体起こせるか? コレ飲め。ポカリは点滴みたいなもんだからなー。先生病院嫌いだから風邪引いたらとにかくポカリがぶ飲みすんだよ」

起き上がろうとする背中を支え、キャップを開けたポカリを手渡してくれたので、早速桜はこくんと一口飲んでみた。
熱の続いていた身体に水分が染み渡っていくのがわかる。
幾分気持ちがすっきりとして、もう一口飲もうとしたところで、ベッド脇で心配そうに見つめる銀八と目が合った。

「…!?」

桜は思わずペットボトルから口を離してしまった。
初めて間近で見る銀八の顔が、普段学校で見る何となく力の抜けた表情とは全く違ったからだ。

「たっぷり飲んでおけよ」

銀八は立ち上がると買い物袋からカップラーメンを取り出して見せた。

「なあ、ラーメン買ってきたから食ってもいい? 腹減っちゃってさ」
「いいよ。好きに台所使って」

先生。
大丈夫だからもう帰っていいよ、と。
何故だかそれは言えなかった。

ジャケットを脱いだ銀八は、玄関脇に置いた鞄の上にシワも気にせず無造作に放り投げた。
学校ではいつもくたびれた白衣を羽織っているので、通勤時のスーツ姿もYシャツ姿も桜にはとても新鮮に映る。
二十代の銀八は学校の中では若くて親しみやすい教師なのに、白衣を脱いだだけでものすごく大人に思えた。

Yシャツの袖ボタンを外して袖を捲り上げた銀八は、適当に鍋を選び湯を沸かし始めた。
腰に手を当て、手持ち無沙汰な様子でコンロに向かい突っ立っていたが、しばらくすると台所をウロウロと歩きだした。
小さく鼻歌まで歌いながら。
そんな後ろ姿を眺めていると、教科書片手に教壇に立つ姿と重なって見えてくる。


桜の視線に気付いたのか、振り向いた銀八と目が合った。
すると、ほんの一瞬銀八の目元が優しくなる。

何だかくすぐったくなった桜は、不自然に目を逸らした。

黒板を背に教室を振り返る時、教科書を読み上げている時。
気のせいでは片付けられないほど、よく目が合っていたこと。
銀八の声が大好きで、一つも聞き逃さないように、どの授業よりもちゃんと聞いていたこと。

ずっと真剣に受け止めないようにしていた小さなきっかけが、次々と頭に思い浮かぶ。
何となく胸が苦しいのは熱のせいだろうか。

きっとそうだ。
先生相手に少し緊張しているだけだ。

桜はそう自分に言い聞かせた。

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あきゅろす。
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