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放課後の音楽室
冬服の頃

ぐるりと教室を見回した銀八は、教卓に乗せた左腕で身体を支えながら背中を丸め出席簿をつけている。
衣変え当初は違和感があった冬服の光景は一ヶ月が経ちようやく慣れた。
学祭に体育祭と浮足だっていた生徒達も、本格的な秋を迎え大方は落ち着きを取り戻してきているようだったが…。

一部の生徒らの無駄話があまりに騒々しいので、銀八は窓際へ視線を送った。
すると壁を背もたれにして横向きに座り、笑っている桜の姿が目に入ってくる。
度を越えた無駄話に花を咲かせる桜と、その周辺の生徒達に、何度か目を細めて不機嫌な視線を送っても一向に静かにならない。
重要な連絡事項が掻き消される勢いで一人の男子生徒が笑い声を上げたため、銀八は一旦話を止めた。

 「おい、そこ。静かにしろ!」

珍しく厳しい銀八の低い声に、教室内に張り詰めた空気が流れる。

 「田中。前向いて座れ」

桜は肩を竦めて周囲の生徒と目配せを交わし、前向きに座り直した。

 「桜はしゃべってねーじゃん」

すぐさま桜を庇う男子生徒の声が飛ぶ。
学祭以降、桜はクラスの中でも目立つ存在に変わっていた。
教室だけでなく、廊下で食堂でグラウンドで、見かける度に違う男子生徒と親しく笑っている。

銀八には一人でいる寂しさを持て余し、ただはしゃいでいるように見えたが、別に何も問題なんてない。
生徒同士なら何の問題もない。

顔を上げた桜と目が合った。
毎日見てたはずの桜が、急に別人のように見えるのは何故か。

俺のせいか?
いや、冬服に変わったせいだろ。

銀八は無理矢理納得した。


 * * *


放課後、銀八を探して職員室を覗いた桜は、重い足取りで階段を上り始めた。
担任の銀八とは進路についての面談など、いくら避けようとも避けられない事情がいくつもある。
せめて職員室にいてくれれば、二人きりじゃなく少し気分が楽なのだが、あいにくその姿は職員室にはなかった。 

もう用もないだろうと思っていた資料室に、夏休み以来初めてやって来た桜は、扉の前で足を止めた。
ノックしようと右手を上げたところで、「どうぞ」と、中から銀八の声がした。
夏服を着ていた頃と同じ、そこに桜がいることがわかっているかのようだ。

告白なんてしなければ、気持ちをしっかり隠し続けていれば、今頃どうしていただろう。
笑顔でこのドアを開いていたかな。

そんなことを思うと急に目頭が熱くなる。
強く目を閉じ、気持ちを鎮めてからドアを開けると、窓際で煙草を吸っている銀八と目が合った。

 「どした?」

銀八は入口に立ったままの桜に声をかけ、煙草を消した。
テスト前で部活がないため、とっくに生徒達は下校していて、校舎内も窓の外も静まり返っている。
だがそれ以外は、夏と何も変わらない景色がそこにあった。

 「あの。これ、昨日届いたの」
 「……?」
 
桜は鞄から取り出した白い封筒を、銀八に差し出した。

 「おめでとう。良かったな」

それは地元の総合病院の内定通知で、中を確認した銀八は笑って声をかけた。
普段と何も変わらない、時折教室で見せるような笑顔で。

 「ありがとう!」
 「いいトコじゃん」
 「ダメかと思ってた」
 「そうか? 俺は大丈夫だと思ってたけどな」

桜が真面目に高校生活を送ってきたからというのは言うまでもないが、所詮見た目が物を言う世の中。
多分桜なら簡単に決まるだろうなと踏んでいた。
それにしたってこの時期に決まったのは早かったが、銀八は担任として素直に一安心した。

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あきゅろす。
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