放課後の音楽室
学祭2
「前も言ったけど遠慮しないで俺に頼っていいんだぞ? 何かあれば助けてやる。それは嘘じゃないからな」
「同情だったらやめてよ! 先生は担任として言ってるんだろうけど勘違いしちゃうじゃん。そんなん言われたら、好きになってもしょうがないじゃん…」
もうダメだ。
必死でこらえていた思いが溢れ出す。
「先生のこと好きだから中途半端に優しくされたらかえって辛いんだって」
「同情じゃねェよ」
何を言われても余計なことは一切言わないつもりでいたのに、思わず銀八は桜の言葉を否定した。
「じゃあ…何?」
「……」
「何かあったら助けてやるってどんな時? 寂しい時? 辛い時? 私…今、辛いよ。今が一番辛いよ。一人でいるより辛い、よ…」
桜の掠れた声は、途中から涙声に変わった。
一人でいるより辛い。
その言葉は、銀八をも傷つけるのに充分だった。
「泣くなよ」
小さく溜息をついた銀八は、右手で桜の左耳から後頭部にかけてそっと触れた。
「寂しいのはわかるよ? だからって一緒にいられるわけがねーよな?」
「……」
泣きながら桜は頷く。
床に、桜の上靴に、ポタポタ落ちていく涙に心が動いてしまわないよう、銀八は目を逸らした。
「俺は…お前に笑ってて欲しかっただけだから」
「先生、ずるい…」
「ごめんな。勘違いさせるようなことした先生が悪かった」
グラウンドでは薪に火がつけられ、大歓声が上がった。
瞬く間に炎は高く燃え上がり、二階にあるZ組の教室まで赤く照らし出す。
「大丈夫だ、お前ならさ。別に俺がいなくても」
最後にそう言い残して、銀八は早足に教室を立ち去った。
しばらくその場に立ち尽くしていた桜だったが、銀八が見下ろしていた窓から同じようにグラウンドを見下ろしてみた。
大勢の生徒が炎を囲み、はしゃいでいる姿を見ていると、自分がひどく滑稽で惨めに思えてくる。
教室を出た桜は、女子トイレの手洗い場で顔を洗い鏡の前に立った。
泣いた目になってないかどうか、近づいて確認してみる。
瞼の縁が少し充血していたが、外は暗いしみんなテンションが上がっていて、きっと誰も気に留めないはずだ。
正直はしゃぐ気分にはなれないけれど、このまま家に帰るより少しはマシな気もして、グラウンドに出てみることにした。
「お前なんで校舎にいるんだ?」
トイレを出た途端、鋭い声が廊下に響いた。
警官の職務質問のような尋問口調と特徴のある声で、すぐに土方だとわかった。
トイレの前でなんでと言われても、いくらでも正当な理由はあるだろうに。
桜は少し可笑しくなる。
「今から降りるところです」
「そうか」
あっさり納得した土方もグラウンドに出るところだったのだろう。
並んで階段を下りていくことになる。
「泣いてたのか?」
「えぇ!?」
突然の土方の言葉に思わず桜は間の抜けた声が出てしまった。
「よくある光景なんだよ」
土方は桜をチラっとだけ見て、ボソっと言った。
「どういう意味ですか?」
「学祭カップルっつーのか? こういう時ってあちこちで盛り上がってカップルがデキてたりすんだろ? まぁ、でもその影で泣いてる奴もいんだよ。毎年見かけるな」
「そうなんだ……」
学祭カップル。
デキてる…。
土方の口から発せられると破壊力が増す言葉に桜は笑いを抑えるのに必死だが、確かにそういうこともあるだろうと納得もした。
日常とは違うテンションに身を置くと、普段は言えないことも言えてしまうような。
さっきまでの自分だ。
「でも、お前が泣く側なのは意外だな」
「フラれたよ」
「そうか」
土方は表情ひとつ変えずに返事した。
「あっさりだね」
「下手ななぐさめなんてあってもしゃーねェだろ?」
土方の言う通りだ。
下手な優しさはかえって相手を傷つける。
今度は銀八のことを思い出した。
一階に着いた桜はグラウンドに向かうが、土方は反対方向へ向かって進もうとするので、
「グラウンドに行くんじゃないんですか?」
そう聞くと、土方はいつも煙草が覗いている胸ポケットをポンポンと叩いた。
「じゃあな」
片手を上げて暗い廊下の奥へと進んでいく何やらキザな土方の仕草に、桜はフッと笑みがこぼれた。
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