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放課後の音楽室
告白

 「先生、ごちそうさま」
 「おう。満腹になったか?」
 「うん」

食事を終え、もう後は帰るだけ。
車内は行きよりも長い沈黙が続いていた。
元々銀八は普段からあれこれと桜に話しかけることは少ないし、運転中なので桜を見ることもない。
そうこうしているうちに周囲の風景が見覚えあるものに変わってくる。
長い信号に引っ掛かり一旦シートに背中を預けた銀八は、疲れているのか首を左右にポキポキと鳴らした。

 「先生?」
 「んあ!?」

やっぱり疲れているのだろう。
声をかけると、まるで寝起きのような反応が返ってきた。

 「今日はありがとう。」
 「ああ? えらくせっかちだな。まだ着かねェぞ?」

本当の帰り際に辛くならないように、今のうちにお礼を言っておこう。
そんなつもりだったけれど、今日はありがとうなんて先に言ってしまえば、後はもう本当に帰るしかなくなることに、言ってしまってから気が付く。


 「桜?」

すっかり夜になり暗いはずの車内は、信号待ちのため一台前のテールランプに赤く照らされ、互いの表情までよく見えた。

 「寂しいか?」

前を向いたまま銀八が尋ねるが、桜は返事ができずに黙り込んだ。

一人でいることが寂しいんじゃない。
先生に会えなくなることが寂しいだけ。

信号が青に変わり銀八がアクセルを踏み込む。
またしばらく直線の道が続くと、銀八は再び口を開いた。

 「また飯でも連れてってやるからさ…泣くなって」

そう言われて初めて桜は、本当に泣き出しそうになっている自分に気付いた。
悲しいことなど何もないのに何でこんなに泣きそうになっているのか、自分でも不思議に思う。

 「泣いてないよ」
 「そうか?」

今までずっと一人でも平気だった。
ううん。平気じゃなかったけど、それでも何とかやってこれた。
先生が優しくしてくれるのは同情してくれてるだけなのに、私…きっと先生に甘えてしまってる。

細い道に入った車はせわしなく右折左折を繰り返し、見慣れた建物の前で停車した。

 「ほら着いたぞ」
 「先生ごめんね。せっかくご馳走してもらったのに…何か…えっ!?」

剥き出しの左肩に銀八の手が直に触れた。

 「言っただろ? 何も気にすんなって。な? 一人が辛かったら遠慮しないで言ってこい」

肩に触れた銀八の手に引き寄せられると、煙草の匂いに混じって嗅いだことのない微かに甘い匂いが桜の鼻をくすぐった。
それが銀八の匂いなんだと気付いた瞬間に、また胸が苦しくなる。

苦しいのに動けない。
肩を抱いていた手は、まるで子供を宥める時のように桜の背中を撫でている。

 「先生」
 「何?」
 「余計に辛くなるよ」

銀八の手が止まった。

 「私、今まで一人で平気だったけど、今は辛い。先生と離れるのが寂しい…離れたくない…」


 * * *


震える小さな声が胸に突き刺さった。
必死さは充分伝わってくるし、きっと真剣なんだろうと思う。

だけど、答えられるわけがない。

 「新学期になったら毎日会えるだろ?」

銀八は桜の両肩を掴み、そっと身体を引き離した。
覗き込んだ桜の瞳にはっきりと悲しみの色が浮かんだのがわかったが、見なかったふりをする。

 「な? もう遅いし今日は帰りなさい」

嘘くせェ。
教師になってこのかた一度もこんな声でしゃべったことなんかねェよ。

いかにも教師っぽい口ぶりで語りかける、そんな自分が嫌になる。

 「先生、バイバイ」

桜は手を振り車を降りると、一度も振り向かずに去って行った。
後ろ姿を見送った銀八は、溜息をつき肩を落とした。

中途半端に優しくすれば、こうなることはわかってた。
いや、こうなることを望んでいたのは、本当は自分の方だったのだ。

けど俺はどうすりゃ良かったよ?
弱みにつけこむように側にいてやれば良かったのか?
これが一番マシなやり方だったろ。

桜の気持ちもわかる。
慣れない一人暮らしの中で心を開く相手がいなかったのだ。
寂しかった分だけ依存心も沸くのだろう。
そういう感情と恋愛感情がごちゃまぜになっているのか、あるいはちゃんと恋愛感情もあるのかもしれないが。
どちらにせよ多分、桜は気付いていない。
きっと無意識のはずだ。

寂しさを理由に男を誘っているということに。

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あきゅろす。
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