放課後の音楽室
二人の秘密1
廊下の端、資料室と表示された扉の前で桜は足を止めた。
資料室前に着いたものの、曇りガラスの窓からは中の様子を窺うこともできない。
銀八がいるのかいないのか、他の教師がいるのかも全くわからないので、桜は少し緊張しながら扉を軽くノックしてみた。
「どうぞ」
すぐに聞き慣れた銀八の声が返ってくる。
安心してそっと扉を開けると、奥の窓際でプリントを広げている銀八の姿が目に入った。
「よォ。来たか」
初めて入る資料室は想像していたよりずっと狭く、壁一面が本棚で長机が窮屈に置かれている。
煙草と埃の匂いが鼻をくすぐった。
「適当に座れや」
そう言うと銀八は、机の上に広げてあったプリント類を片付け始めた。
「ちゃんと手土産持って来たよ」
「おーおー。ありがとな」
鞄を開け、銀八からもらったチョコレートを机に置くと、早速銀八はうれしそうにパッケージを開いていく。
「先生、こないだはありがとうございました。もう元気になったから……」
「おー良かったな。けど次、何かあったら動ける間に連絡するしろよ?」
「はい」
「遠慮すんなよ?」
「はい」
「気ィ使わなくていいから楽にしろよ。あっ、お前も食う?」
チョコレートの箱をこちらに寄せてくれたので、一つ摘んで口に放り込んだ。
「なんか先生の隠れ家みたいだね」
「ああ、その通りだ」
白衣のポケットから煙草を取り出していた銀八は、火をつけようとしていた手を止め笑った。
「本当は教科準備室があんだよ。けど俺以外はみーんな嫌煙家で追い出されちゃったわけ。他の教科準備室は煙草OKなのによォ。まぁ、俺専用の部屋までもらえて逆にうれしいけどな」
そう言って煙を吐き出す銀八は、教室で見る銀八とはまるで違って別人のように見えた。
なんていうかこう…先生ぽくないのだ。
「あっ、ここに俺が隠れてること誰かに言うなよ。うるせェのが押しかけてきたら面倒だから」
桜の視線に気付いた銀八は、口元で人差し指を立ててみせた。
ファンクラブなんてものまでが存在するほど人気がある銀八だから、職員室にいたんじゃ生徒がやって来て集中できないのだろう。
でもここにいることを教えてくれたのは、他でもない銀八本人だ。
だから少なくとも自分は先生にとって面倒な相手ではないんだ。
そう推測した桜は何だかうれしくなる。
銀八は一服を済ませると再びチョコをつまみ出した。
「テスト近いけど授業はどうだ? ついていけたか?」
まるで個人面談でもしているような教師らしい口ぶりが、どうにも目の前の銀八とはアンバランスに思えて可笑しくて、つい桜は笑ってしまった。
「何? どした?」
「先生がお菓子食べながら真面目なこと言うから」
「いいんだよ。こうしてりゃ機嫌いいんだよ、俺ァ」
「授業だいぶ進んでたしテスト近いから不安かな」
まだ少し笑いそうになるのを我慢して答える。
「ノートは写したか?」
「ううん。土方先生にはコピーしてもらったけど後はまだ全然」
「友達にでも貸してもらえよ」
「うーん……」
「どした?」
「私あんまりクラスの子としゃべってないから頼みづらくって…」
チョコをつまみながらも、銀八の眼鏡の奥の瞳が真剣な色に変わったのが見て取れた。
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