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放課後の音楽室
夏風邪1

「着席」

当番の号令に合わせZ組の生徒が一斉に席に着いた。
天井からは少しの時間差で、真上のクラスが椅子を引く音が大きく響いてくる。
出席簿を開いた銀八は内ポケットからペンを取り出し、顔を上げると教室を見回した。
梅雨の晴れ間の太陽が朝の教室に降り注ぎ、白い夏服達に反射する。
銀八は眩しげに眼鏡の奥の目を顰めた。

「欠席はー、桜だけか?」

教室の誰もが間延びした銀八の言葉を気にも留めず、好き勝手なおしゃべりが続く。

「んじゃ、始めんぞ。こないだの続きからな。教科書開けー」

よく通る低めの声に、賑やかだった教室が次第に静まっていく。
教科書を読みあげる銀八の目の端には、太陽の光を受けた彼女の空席がキラキラ光ってちらついた。
50分の授業中、気付けば何度も何度も空席に目がいってしまう。
何度も何度もこの場所から彼女を見ていた昨日までのように。


 * * *


なんで出ねェんだよっ。

銀八は舌打ちしながら職員室の電話を置いた。
桜の無断欠席はもう三日目だ。
朝から昼休みの今まで、何度家に電話をかけても一向に誰も出やしない。

「出ねェか?」

席に戻ると左隣から土方が声をかけてきた。
三年Y組の担任で社会科教師である。

「さぼりかねェ?」

銀八の言葉に、

「無断欠席するようなヤツじゃねェけどな」

そう返した土方は壁の時計をちらりと見遣ると、おもむろに胸ポケットから煙草を取り出し席を立った。
午後の授業までに一服するつもりなのだろう。

「詳しいじゃん」
「ん? オレ去年アイツの担任だったからな」

廊下に向かう土方の後ろ姿を見送る銀八は、

「去年の担任ねぇ…」

特に意味もない一言を呟き、乱暴に椅子から立ち上がった。
行き先は職員室の隅、クラス別の名簿ファイルが保管されてある棚だ。

「三年…三年の、Z組は…っと。コレか」

水色のファイルを取り出し、席に戻りながらパラパラとカードを捲ってみたが、数枚捲ったところで大きく肩を落とした。
ファイルの中身は四月に集めたカード三十数名分。それらが男女も五十音も背の順も全く関係なく、ランダムに綴じられていたのだ。

誰だよ、これ綴じたの…ってオレか…。

何も考えず適当に綴じてしまったことを今更後悔しながら席に戻った銀八は、指をひと舐めして一枚ずつカードを捲り始めた。

『田中 桜』

半分ほど過ぎたところで手が止まる。
桜のカードを見つけた銀八は、カードの左上に張り付けられた証明写真の綺麗に整った顔立ちに、しばし見惚れてしまった。

高校生を見慣れている立場から見て、どちらかといえば桜に対し大人びた印象を持っていたが、むしろ顔立ちは幼いのだと新たに気付く。

記入欄に目を通していくと、学校からそう遠くない住所、電話番号。
保護者なし、同居家族なし。
桜の字でそう書かれてあった。

何だこれ…? 一人暮らしか?

『無断欠席するようなヤツじゃねェんだ』

頭に土方の言葉が甦った。

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あきゅろす。
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