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旅立つもの
5

一人分ということもあり、銀時は手際よく食事の支度を進めていた。
本人は自覚していないようだが、桜から見ると銀時はとても器用な人間だ。
やらないことはあっても、できないことはない。
それはきっと、独りで身を守らなければならなかった彼の生い立ちがそうさせたのだろう。
家族に、そして銀時に、ひたすら護られ生きてきた自分とは違う。

銀時なら私がいなくても生きていける。
なのにどうして私と一緒にいてくれるのか。
本当のところは桜にもよくわからない。
この生活の先に待つもの、今はまだそれを確かめるのは怖かった。

「桜」
「何?」

不意に名前を呼ぶ銀時の声には、ほんの少しだけ違和感があり、返す桜の声もつられて少し固くなる。

「あー……無理とは言わねェけどさ。ちょっとは食べようぜ」
「うん……」
「こう見えてもスゲェ心配してるわけよ」

食事はもう出来上がっているようで、鍋から皿に移し変えながら銀時は続ける。
手を止めないのは照れ隠しだと、すぐにわかった。

「それはわかってるよ。充分に」
「食べるってこたァ生きることそのもんだろ? それを拒否されりゃ心配すんだろ、誰でも」

ほんの数日食べないからといって、すぐにどうにかなるってわけじゃない。
それでも心配になる気持ちは、桜もよく知っている。
 
生きることを拒んでいるように思え、気力をなくし投げやりになっているように映って怖くなる。
出会った頃の桜は銀時に対し、いつもそう感じていたのだから。

「銀時」
「何?」
「少し食べてみるよ」
「ああ」

銀時はこちらを見ないで短く頷いたが、その表情には安堵の色が浮かんでいる。
すごく心配をかけているのだということは充分過ぎるほど伝わったが、何だからしくないなと、ふと思った。
 
「ほら、できたぞ。食べようぜ」

すぐにいつもの調子に戻った銀時は、二人分の皿を手にやって来る。
美味しそうな匂いに微かな食欲を感じながら、桜はゆっくりと身体を起こした。
ずっと寝込んでいることを思い出し、慌ててほつれた髪を撫で付け束ねてから食卓に向かった。 

「いただきます」
「食える分だけでいいからな?」
「うん」

まだ湯気の立つ出来立てを一口、口に入れる。
銀時は料理の腕もなかなかのもので、まだ完全に食欲が戻っていないはずが、すんなりと二口三口と箸が進んだ。

「おいしい!」
「おー、そりゃ良かった」

少しぎこちない会話になるのは、銀時が自分に気を遣っているのがわかるからだ。
それは銀時の優しさなのだろうから、早く元気にならなきゃいけない。
そう思うだけでも力が出てきたような気がして、相変わらず単純な自分が可笑しくなる。

「なんか治った気がする」
「マジでか!?」
「うん。銀時のご飯が美味しいから食欲も戻ってきたし」
「やっぱ人間食わねーとな。力出ねェよ」
「銀時もそうだった?」
「ああ。そりゃそうだ」

銀時はいつも腹を空かせていたあの頃のように、勢いよくご飯をかき込んでいく。
しばらくして落ち着くと、静かに口を開いた。

「お前に会わなかったらヤバかったよ。つーか、お前に会わなかったらって考えること自体がヤベェ」

思いがけない言葉に桜は箸が止まった。

「今回さ、色々心配して…。お前にはさ、ずっと隣で生きててほしいって改めて思った」
「……」
「大袈裟だよな。ま、けど俺の本音だからな」

銀時はそう言って照れくさそうに苦笑いすると、さっさと食べ終えた皿を重ねて立ち上がった。

「早く元気になれよ。じゃねーと、また訳わかんねェこと口走っちまうからよ」

そんなこと言われたら。
せっかく食欲が出てきたのに胸がいっぱいで食べられないよ。

決して口数が多いわけじゃないうえに天邪鬼な銀時の胸の内。
それを聞けたのが嬉しくて、思わず泣いてしまいそうになる。

こうなったら何が何でも早く元気にならなきゃいけない。
機嫌の良い銀時の鼻歌を横で聞きながら、桜は涙をこらえ箸を進め食事を平らげていく。
彼の思いを何一つ無駄にしたくなかった。   

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あきゅろす。
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