旅立つもの 10 ※ ※ ※ 「銀時は今日どうする? 行くか?」 一日の仕事が終わった途端、いつもの飲みの誘い。 振り返ると、仕事仲間がぐいっと一杯のジェスチャーで笑っている。 銀時は普段この誘いを五回に一回は断り、後はついつい乗ってしまう。 ただ近頃は桜が体調を崩していたこともあり、真っ直ぐ家に帰る日々が続いていた。 桜も本調子に戻ったようだし、そろそろ乗ってみる頃か? 銀時は今朝の桜の様子を思い出してみる。 朝、桜とほぼ同時に家を出た時は、特に何も変わった様子はなかったはずだ。 機嫌が悪かった場合は当然として、機嫌が良すぎた時も注意しなければならない。 何か約束事をしていて、桜がそれを楽しみにしていることがあるからだ。 飲みに行くこと自体には寛容な桜だが、約束を破ることに関しては厳しい。 当然といえば当然の話で、銀時は何か約束がなかったかをもう一度慎重に思い返してみる。 何も…ねーよな? ああ、確かにないはずだ。 最後は半ば強引に自分に言い聞かせ、今日は久しぶりに飲みに行くことに決定した。 「俺も行くわ」 「おー、そうかい」 酒は好きだ。 機嫌よく騒ぐ仲間といる空気も嫌いじゃない。 命を賭けて戦に望んでいた頃でも、時には仲間と大酒をかっぱらい、どんちゃん騒ぎに興じていたくらいだ。 いつの間にかあの頃のことを懐かしく思い出している自分に気が付いた銀時は、空を見上げて目を細めた。 陽はまただいぶ長くなり、茜空に紫の雲が浮かんでいる。 また新しい仲間と笑っている俺は、薄情だろうか。 そりゃあ中には薄情者だと罵る奴もいるかもしれねェ。 けれど俺は生きている。 これからも生きていく。 永遠に続くものなどそうはない。 こうして出会いと別れを繰り返すことが、きっと生きていくということなんだろう。 肉体労働の後の疲れた身体は、少しの酒でも気持ちよく解れていく。 皆、深酒はしない。 年齢もばらばらの男達が機嫌よく喋っているだけ。 便利屋という名で人手不足の現場を手伝っている銀時は、あっという間にこの街に顔見知りが増えた。 皆、日頃からまだ若い二人を気遣ってくれていて、素直に有難く感じている。 が、酒の席で桜の話題が上るのは勘弁してほしい。 「初めてお前らを見た時ゃ、本当桜ちゃんは明るくて健気でよォ。あー、こりゃ悪い男に騙されちまったなーって不憫に思ったもんよ」 そう言って男は銀時の肩を叩いた。 酔ってるせいで力加減を忘れているらしく、思わず銀時は手を払いのけた。 「痛ェよ!」 「ほら、こんなんだろ? 桜ちゃんの後ろでふてぶてしい面してやがってな。何でお前みてェなチンピラがあんなイイ娘をモノにできたんだ?」 「誰がチンピラだ!」 男のいう二人の印象とは桜が提案した演出そのものだ。 まんまと騙された人間がここにいるのだから、桜の作戦は大成功だったといえよう。 あの時の桜の口八丁を思い出し、ほんの少し緩んでしまった表情を周りの連中は見逃さなかった。 「おいおい。何思い出し笑いしてんだ? やる気ねェ面してるわりに隅におけねー野郎だな」 にやついた視線が自分に集中しているのを感じた銀時は、一杯呷ってわざとらしく溜息をついた。 「うるせェよ。ほっとけ!」 「んだよ。馴れ初めくらい教えてくれたっていいだろ!? 俺とお前の仲じゃねェか」 「知らねーっつーの!」 お節介が過ぎて、いつもこうやって桜との出会いを聞き出そうとしてくる。 別に隠すような大した話でもないが、安っぽく口にしたくないのでこの話題を避けていた。 森の中に篭っていた男と森に誘われた女が、ろくに目印もない森の中で出会った。 改めて考えると随分現実離れした話だ。 お互い最初から一目惚れだったわけではない。 向こうは好奇心と同情、こっちにはほんの少しの打算があり、それでも二人で時間を過ごすうちに好きになってしまったのは本当だ。 桜と出会って。 もう一度生きてみようと思った。 ただ惰性で心臓が動いてるような生き方でなく、もっと違った生き方ができるような気がした。 桜と一緒にいたいと心から思ったのだ。 出会ってたった数ヶ月でそんなことを思った理由は簡単に説明できそうもないし何となく二人の、いや自分だけの秘密にしておきたい。 桜はこんなふうに周りから聞かれた時、何て答えるんだろうか。 ふと疑問に思った銀時は、帰ったら聞いてみようと思った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |