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旅立つもの
10

 ※ ※ ※


あと数日で一年が終わる。
あまりにも激動の一年だったため年の瀬という実感はないが、当分の間仕事は休みで大掃除も大方は済ませておいた。
もう特にやることも見つからない。

だが暇にしてるのは私くらいなもので、街は大賑わい。
銀時は猫の手を借りたい人達の手となり足となり、これまでで一番忙しそうにしていた。
この分では大晦日の夜まで、銀時とゆっくり過ごすのは無理だろう。

家の外から子供達の賑やかな声が聞こえてくる。
何かと忙しいこの時期、外に放り出された子供達が集まって遊んでいるらしい。
ちょうどあれくらいの頃の思い出といえば、病弱でよく寝込んでいたことしか覚えていない。
外から聞こえる楽しそうな声が羨ましくてたまらなかったっけ。

暇なのでごろりと寝転がって目を閉じると、不思議な感覚に襲われる。
目を開けば時が巻き戻っているんじゃないかと、そんな気になってくる。

一人寂しく布団に潜り込んでいると、よく兄が様子を見に来てくれた。
乱暴に布団が引き剥がされ現れる、やんちゃな兄の笑顔が甦ってくる。
記憶の中の兄の笑顔が何故か銀時の笑顔に変わり、目を閉じたまま苦笑した。
内緒で飴玉をくれたり、難しいけん玉の技を披露してくれたり、兄も昔は優しかった。

いや、本当は昔だけじゃない。
ずっと優しかった。
今こうして銀時と暮らせているのは兄のおかげだ。
自由を奪ってばかりだと思っていた兄は、私のために本当に色々と動いてくれた。

そういえば最後に小屋を出て行く時、兄は銀時に何て言ったのだろうか。
銀時に聞いてみると、 「お前が後悔しないようにしてやってくれ」と、そう教えてくれた。
何て答えたのかを聞くと、「こっちが答える前に、さっさと出て行っちまいやがった」と言った。

多分嘘だと思っている。
あの時二人ともどこか様子がおかしいようにみえた。
あまり深く考えると不安になるから考えないようにしているが。


そうだ!

ふと思い付いて目を開けた。
いつの間にか外の子供達の声はどこかへ遠ざかっていて、目に映るのは銀時と住む質素な部屋。
世界は何も変わってはいない。
これが私が選んだ人生だ。
後悔なんてするわけがない。
私にとって後悔とは、何もしなかった時にするものだから。

兄に手紙を出そうと筆記具をテーブルの上に用意したはいいが、真っ白い便箋を前に溜息が漏れる。
向こうの様子はわからないし、私からだと周囲に知れたら厄介なことになるかもしれない。
そう考えて、封筒の裏の差出人は念のため適当な仮名を使うことにした。

まずは近況報告から。
住んでいる所は故郷から江戸に向かう途中の街。
そこで何とか元気に銀時と暮らしていること。
兄にはとても感謝していること。
そして、そっちの様子はどうなのか気にかかっていること。
自分のせいで迷惑をかけて悪かったと謝りたいこと。

こうやって書き出してみると、いかにこれまで自分のことで精一杯だったかよくわかる。
今なら兄に会って直接謝りたいとさえ思った。

書き上げた手紙を一度読み直し、封をする。
宛名の住所、兄の名。
ずいぶん遠くに来たものだと故郷を思い、初めて胸が痛んだ。

「さ、行こうっと」

小さく呟き、封筒を胸元に忍ばせた。
偶然銀時と会わないこともない。
兄に手紙を出すことを、言わない方がいい気がした。
言えば後悔してると思われるかもしれないし、銀時がそんな私に後悔するかもしれないと不安だから。

年の瀬の慌ただしい町並みを歩きながら、無意識に胸元を押さえる。
この手紙がちゃんと兄に届きますように。
感謝の気持ちが全て伝わるとは思えないけれど、それでもわかってくれますように。

もしもできるなら、いつかの日か兄と笑って話せますように。

陽が沈みかけた茜色に染まる山並みに目を細め、願いをかける。
いつかきっと叶う日が来るはずだと、なぜか強く感じた。

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