旅立つもの
10
気が付けば近頃ずっと、先のことばかり考えている。
ただ不安に駆られるだけではなく、どう転ぶかわからない未来について都合の良い想像をしてみたりもする。
本当はあの兄貴が大袈裟に言っただけで、桜の病気はたいしたことないんじゃねェか?
こんな田舎でなく都会で腕のいい医者に当たれば、ちゃんと治るんじゃねェか?
そうでも思わないと不安が勝って、また決意が鈍りそうになる。
「なぁ、桜」
「ん? 何?」
「あー、身体はどうだ? 体調崩してねェか?」
「別に大丈夫だけど。どうしてそんなこと聞くの?」
「そりゃ心配くらいするだろ。住むところが見つかるまでは野宿になるかもしんねェし」
「大丈夫でしょ。まだ寒くないし」
いつも桜は一つも不安を口にはしない。
実際に不安がないわけではないだろうが、少なくとも表には見せない。
本当はもっと色々と向き合わなければならないことがあるはずなのに、銀時はそんな桜につい甘えてしまう。
「やっぱり寒い?」
少し離れたところに座る桜が、ぽつりと聞いてきた。
膝を抱え上目使いで銀時を見ている。
さっき冗談で寒いと言ったことを、まだ気にしているようだった。
「いや、まぁ大丈夫だ」
「そっち行った方が暖かい?」
「そりゃあ、まぁな」
そう言いながら銀時が手招きすると、桜は嬉しそうに笑ってやって来る。
壁にもたれた二人は、また桜の着物に一緒にくるまった。
「次は変なこと言わないでよ?」
「何もしねェよ」
念を押す桜の肩を抱くと、桜は笑って「次はこれも持ってくからね」と被った着物を自分の方に軽く引っ張った。
二人の笑い声は雨風に掻き消され、きっと誰にも気付かれない。
嵐の中、二人で過ごす今だけは、過去も未来も何も考えずにいたい。
ぼんやりとそんなことを思う銀時の手に桜の手が触れた。
不意を突かれ固まる銀時の手を、両手で包みこむようにして自分の方に引き寄せた桜は、
「大きな手」
まるで独り言のように呟いた。
「初めて会った時ね…今よりもっと痩せてたからかな? 手がすごく大きく見えて痛々しくてたまらなかった」
「……」
「何とかしてあげたいって、こんな私でも誰かの役に立てるのかもって、最初はそんなふうに思ってたんだけど、いつの間にか銀時がといるのが当たり前になっちゃってたね。私の方が余程か銀時に救われていたよ」
そう話す桜は、何か確かめるように遠慮なく手に触れてくる。
触れた手に視線を落とす桜は、柔らかい口調とは違い切なそうな表情を浮かべていたが、銀時からは見えない。
こんな自分でも。
銀時からすれば、それを言うのはこっちの方だと思った。
昨日も今日も明日も、生も死も、時間さえも全て感じない程に疲れ果てていたのだ。
桜に会うまでは。
「桜」
顔を上げた桜は、今度は銀時の首筋に手を伸ばした。
首筋から鎖骨まで撫で下ろした手を止め、
「まだまだ痩せてるね」
と、小さく呟く。
「そうか?」
「うん。きっと元はもっと逞しいはずだよ。早く生活が落ち着くといいね。そうしたら…」
「なぁ」
銀時は桜の言葉を遮ると、伸ばされた手首を掴んだ。
「……」
「さっきからどうしたんだよ。誘われてるみたいなんだけど?」
また怒り出すかと思った桜の口元が、微かに笑った。
浮かんだ微笑みの真意は何か。
銀時は瞳を読もうとして止めた。
桜は否定しなかったのだから、きっと誘ってるのだろう。
なら迷う必要なんてあるかと、銀時は掴んだ手首を引き寄せた。
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