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旅立つもの
1

やっぱり昼の方が安心だな。

額の汗を拭った桜は、明るい森の中を歩きながら改めてそう実感していた。
夜の森の中は灯りがあっても一人ではとても歩けないし、いくら銀時が寄り添ってくれても何も見えないのは不安だった。
それに何より、もし森に入るところを誰かに見られてしまった時に言い訳も難しい。
確率は昼よりは低いだろうけど。

毎晩通った三日間、銀時は人目を気にせず帰り道を途中まで送ってくれた。
手にした灯りと銀時の腕だけを頼りに歩いた帰り道は、不安もあったがとても開放的で、けれど一人に戻り冷静になると少し不安にもなった。

もし誰かに見られてしまったら、二人の時間はきっと大きく変わってしまうはずだ。
今のところ周囲は静かだし変わったことはないが、少し気をつけた方がいいだろう。
まだまだ控えめな月明かりの日が続くが、桜は夜ではなくこれまでのように昼の森を訪れることにした。

一時は五月蠅くてしょうがなかった蝉の鳴き声が、少しマシになった気がする。
種類も変わったようで鳴き声が違う。
変わらない毎日を送っていても季節は少しずつ動いているのがわかる。
時間は止まらず流れ続けているのに、まるで二人はそれに逆らい今にしがみつこうとしてるようだと、桜は思った。
 

「よいしょっと」

重たい小屋の扉を開けると隙間から銀時が寝ているのが見えた。
このまま手を離したら閉まる扉の音で目を覚ましてしまうかもしれない。
桜は最後まで扉から手を離さないように、ゆっくりと気を付けて扉を閉める。
それでも完全に音がしなかったわけじゃなく、木と木が擦れる音に銀時の眉がぴくりと動いた。

銀時は一瞬反応したが、まだ起きる気配はない。
下手に起こすと不機嫌になるのはわかっているので、桜は少し離れた場所に腰を下ろした。

寝ている時はいつも無邪気な顔の銀時。
眠りが浅いのか時折まぶたが動く。

一体どんな夢を見ているのだろう。

銀時は優しいけれど、起きてる時はいつもどこか表情に険がある。
何にでも面倒そうな様子を見せながら本当は色々考え悩んでいて、疲れた表情を垣間見せる。
そんな銀時が安らかな表情で眠っている時、どんな夢を見ているのか桜は少し気になった。

小屋の中は前より湿気が減って涼しく感じる。
扉の向こう、遠くに聞こえる蝉の鳴き声。
規則正しい銀時の寝息。

うつむいて銀時を見守っていた桜は、次第に眠くなってきた。
口を手で押さえ欠伸を噛み殺したが、この場の心地よさ、眠気には逆らえない。

少しだけ。
銀時が先に起きたら起こしてくれるだろうし……。

桜はそっと銀時の隣に身を横たえた。
手を伸ばして触れたいけれど、銀時が起きてしまうかもしれないと我慢する。
今はこうして一緒に眠りたいから。

銀時の隣にただ寄り添い目を閉じた桜は、彼の呼吸に自分の呼吸を重ね合わせた。



「桜」
「あ…」

気がつくと、目の前にこちらを覗き込む銀時がいる。
頭が目覚めるよりも先に目を開けてしまい、見ていた夢の内容は一瞬で吹き飛んでしまった。

「なんだ、来てたんなら起こせばよかったのに」

起こせば必ず機嫌の悪い顔をするくせに。
勝手なことを言う銀時にすぐに返事ができない。

「寝返り打ったらさ、何かに当たって目ェ覚めて、見たらお前が転がってるんでびっくりしたわ」
「あれ? 私どれくらい寝ちゃってたんだろ」
「何の夢見てたんだよ。ニヤニヤ笑ってたぞ」
「嘘!?」
「いやマジで」

銀時の方こそニヤニヤした顔で小突いてくるが、桜には覚えがない。
いい夢か悪い夢か、銀時が出てきたような…。
それも定かではない。
まだ寝ぼけているのか今も夢の中にいるような、そんな感じなのだ。

「銀時の夢だった気がするけど……。起きたら全部忘れちゃった」
「ふーん、そっか」

銀時は顎を触りながら笑って頷くと、

「ほら」

手を引っ張って桜の身体を起こし、そのまま勢いよく胸に抱き寄せた。

「銀時?」

驚いた桜は小さな声で銀時を呼んでみたが、すぐに頬を胸に押し付けた。
理屈なんか何もない。
今この瞬間が幸せでたまらない。
背中に銀時の腕の強さを感じながら、また目を閉じる。

「どうしたんだよ」

ふっと鼻で笑う気配がして、からかうような声で銀時が尋ねる。

「銀時こそ」
「ん? 俺ァ…お前の寝顔が可愛かったから」

胸に顔を埋めているので銀時の声が響いて聞こえ、やけに胸に染みる。

「顔見せて」

いつも以上にドキドキして顔が赤くなっているのがわかるので、桜は黙って首だけ振った。

「なんで? 久しぶりに明るいとこで顔見れんだからさ、顔上げろって」

闇の中だと、声や息づかい、体温でしか互いを感じることができない。
最初はもどかしかったが案外慣れてしまったのかもしれない。

そっか。
だから明るいところで銀時と目を合わせるのが照れくさかったんだ。

ゆっくりと顔を上げると、何を考えているのか読み難い瞳と視線がぶつかった。
少し戸惑う桜の髪を梳くように、銀時は額から指を差し入れた。

無表情だった銀時の瞳が細められる。
口角が上がり、一瞬で優しい表情に変わる。

こんな優しく微笑んでくれるんだ。
それだけでたまらなく嬉しくなる。

昼と夜。
同じ私達のはずなのに随分違う。
両方の銀時を知ることができて、私を見せることができて良かったと桜は思った。

「たまんねェな…」

銀時は再び桜を胸に抱いて呟く。

「何が?」
「ああ、いや……」
「私は幸せでたまんないよ」

銀時は微かに笑うと一層腕に力を篭めた。
痛いほど抱きしめられながら桜は、銀時の寂しげな笑い方が何だか泣いてるように思えて気になった。

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