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旅立つもの
12

肩に背中に感じる、銀時の重みと温もり。
そっと振り返ると、銀時の跳ねた髪がすぐ近くに見えた。

「嫌とまでは思わないよ」
「そっか」

銀時を苦しめているもの、それは一体何なのか。
私は何の力にもなれないのか。

まるで縋りつくかのように、肩に顔を埋めてくる銀時に何もできない。
それどころか本当は、銀時を苦しめているのは私の存在なのかもしれない。
そう思うと桜は苦しくてしょうがなくなる。

「銀時はどうしたいの?」
「わかっちゃいんだよ。いつまでこうしててもしょうがねェって。けど俺ァ…まだ少し怖ェんだ」
「怖い?」
「ああ。お前連れてここを出てもさ、その先どう生きていきゃあいいんだ? それがまだはっきり見えねェしさ」
「……」

銀時の言葉に桜はぎゅっと目を閉じた。

私がいなければ…。
きっと銀時はもっと自由に生きられるのかもしれない。
ここを出て生きてみたいなんて甘い夢見てる私が、銀時を焦らせ苦しめている。

自分が情けなくて悔しくて、気が付くと涙がこぼれていた。

「桜!?」

微かに震える肩に気付いた銀時が顔を上げた。

「泣いてんの?」
「……」

黙っている桜を少し乱暴に自分の方へ向かせた銀時は、涙に濡れた顔を見て息を飲んだ。

「何で泣いてんだよ」
「私は、どうしたらいい? 私がいなかったら…もっと銀時は楽になれるんじゃないの?」
「何言ってんだよ。まったく意味がわかんねェよ」
「だって本当なら銀時は、自分の気が済むまでここにいれば良かったんじゃない。迷う必要なんてなかったはずでしょ? 私を連れて出ようと思うから迷うんでしょ? 」

桜の言葉は全くの的外れではないので、銀時はすぐに言葉が見つからなかった。
 

桜と出会わなかったなら、迷うこともないだろう。
けれど桜と出会ったことを後悔したことなんてない。
むしろ出会えたことに感謝しても足りないほど。

このまま黙っていたら桜の言葉を認めてしまうことになる。
何でもいいから言葉を繋ごうと、銀時は口を開いた。

「俺の言い方が悪かった。俺ァお前とここを出ることを何も迷っちゃいねェ。それだけはわかってくれ」
「でもその後のことは迷ってるんでしょ?」
「それは…桜がいたからここを出て生きてく決心もついたのにさ、もしお前がいなくなりゃどう生きていったらいいんだって意味だよ」
「どうして私がいなくなるの?」
「世の中変わらないもんなんか何一つねェからだ」

随分と後ろ向きな銀時の考えについていけず、桜は首を捻った。

「それはここにいても一緒じゃないの?」  
「確かにそうだな」

銀時は苦笑いを浮かべ頷いた。
逞しい男のはずが、時折驚くほど弱さを見せる銀時。
彼を守ってあげられるほどに、もっと強くなりたいと、桜は銀時の頬に手を伸ばして言った。

「私はどこにもいかないよ。ずっと側で銀時のこと守るから」
「……」
「大丈夫」

銀時の抱えた傷が簡単に癒えるようなものじゃないことはわかっている。
それでも銀時が側にいてくれるなら私は寄りそうから。

どこか苦しそうな表情を浮かべて聞いていた銀時は、桜の手首を掴むと口元だけで笑ってみせた。
 
「何も起きる前からあれこれ考えることもねェよな。それに女に守られたんじゃ侍の名が廃るだろ」

気持ちを切り替えるようにそう言って、後はいつも通りに戻った。
二人は場所を変えることにし、慣れない暗闇を怖がる桜を銀時が抱き寄せながら、やっと小屋に戻ることができた。

控えめな灯りに照らされる小屋の中に二人の影が長く伸びて揺れる。
昼間ここで過ごす時だって肩が触れる程の距離で寄り添っているのに、今夜はこの距離に慣れない。
二人は近すぎる気がしたので腕を伸ばせば互いに届く場所に腰を下ろした。

「どうだ? 楽しかったか…ってこともねェか」

自分から聞いておきながら銀時は気まずそうな声で言葉を濁す。

「綺麗だったよ。ありがとう、連れてきてくれて」
「ああ」

耳たぶを引っ張っていた銀時は、桜の素直な言葉に横目で頷いた。
わざと気怠げな様子を見せる時の銀時が、桜は結構好きだ。
じっと見つめていると視線に気付いた銀時が、口角をぎゅっと上げる。
さっきの弱気で後ろ向きな態度はまるで違う、少し不敵な笑みに桜は安心すると同時に胸が高鳴るのを感じた。

「どうかしたか?」

落ち着いた声が耳をくすぐる。
そういえば今何時くらいだろう。
桜は頭がぼーっとして上手く働いていないことに気が付いた。

「あー、光弱くなってきたか?」

急に銀時がそう言って、灯りを手に取った。
光が大きく動いて天井を照らし出し、急に周りが暗くなる。

「電池切れちゃったの?」
「電池? んなもん使ってたらキリがねェだろ。これはアレだ、非常用のハンドル回せば点くヤツな」

ただの電灯かと思いきや、よく見るとかなりしっかりした代物だ。

「結構便利なもの用意してたんだね」
「ったりめェだろ。俺が好き好んでこんな生活してるだけで別に原始時代じゃねェんだからな。最低限必要なもんは持って来てるって」

銀時の言った通り、しばらくハンドルを回すと光が強くなっていく。

「これでよしっと」

ある程度回して納得すると、灯りを元の場所に置いた。
改めて見ると気付かなかっただけで、さっきはだいぶ光が弱くなっていたのだと納得だ。

「なぁ桜、お前まだ帰らなくてもいいのか?」
「さぁ?」
「さぁって、お前よォ」


銀時は呆れた声を出すが、桜はそう言うしかない。
家の離れに追いやられ、いないものとして扱われてきた桜は、世間で言うところの嫁入り前の大事な娘とは違う。

「銀時が思ってるような環境じゃないから」
「そうは言ってもさ」
「このまま帰っても帰らなくても何も変わんない。銀時はどうしたらいいと思う?」
「んなこと俺に聞くな」

だって男が決めることでしょ?

思わず出かかった言葉を桜は慌てて飲み込む。
これじゃあまりに挑発的な言葉だ。
だがこのまま帰りたくないのも本音で、ボーッとしたままの頭では、余計な事を口にしてしまいそうで怖くなる。

急に黙った桜を不審な目で見つめる銀時は、ふーっと大きく息を吐くとその場に寝転がった。
何か考えてるような顔で天井を見上げる銀時の胸が、規則正しく上下するのを、桜はぼんやりと眺める。
長い沈黙の後、銀時は天井を見上げたまま独り言のように言った。

「よく考えたら俺さ……お前のこと全然知らねェんだよな」
「それを言ったら私も銀時のことよく知らないよ。そんなの普通じゃないの?」
「確かにそうだけどな」

納得してない様子で鼻で笑う銀時に桜は、

「銀時は私の何が知りたいの?」

と、正面切って聞いてみた。
 
「聞いてくれたら何でも答えるよ?」
「何言ってんの、お前……」

溜息まじりにそう言って呆れた表情を浮かべていた銀時だったが、桜の真っすぐな瞳に我慢できず笑い出した。
何でも聞いていいなんて言われたら、知りたかったことが全てどうでもいいくだらない事に思えてくる。
どれもこれも取るに足らない事ばかり。

お互いの過去も傷も、全部含めて今二人はここにいる。
だからわざわざ聞く必要もないのだと納得した銀時は、勢いをつけて置き上がった。

「帰ろう。送るから」
「……うん」

目を伏せ頷く桜の手を掴み、引っ張り上げながら立ち上がる。
二人は小屋を後にし、閉まる扉の音が闇の森に響いた。 

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あきゅろす。
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