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旅立つもの
9

出会ってから今日まで、さほど長い年月が経ったわけではない。
それなのに、混乱した銀時の頭の中に桜との大量の思い出が一気になだれ込んできた。

これは、夢か現か。
無理やり叩き起こされ、夢から目覚めた朝のような奇妙な感覚にぐらりと地面が揺らぐ。
目の前の桜にかける言葉がすぐに見つからない。

「銀時、ごめんね」

先に口を開いたのは桜だった。

「こんな大事な事、ずっと言えなくて…本当にごめんなさい」

桜が謝る必要などこれっぽっちもなく、銀時には言葉の意味が理解できない。

「なんでお前が謝るんだよ」
「だって……」

まだ混乱しているのか、桜は言葉に詰まると、また泣き出した。

病気を知ったのは春だと桜は言った。
その頃からの桜の様子を思い返してみると、今更ながらサインはたくさんあったように思えてくる。
突然仕事を辞めることになったことも、ずっと塞ぎ込んで見えたのも、今思えばそうだったのだろう。

どんだけ一人で耐えてたんだ。

そう思うと、何も気付けなかった自分が情けなくて悔しくてたまらない。

全部俺が悪ィ。
幸せにしてやってくれと言った桜の兄に、約束もできなかった俺だから。
荷が重い、なんて言われてしまうような俺だから。
きっと桜も言い出せなかったんだ。
もっと早くに話してくれりゃ良かったなんて、自分には言う資格もないと銀時は思った。

「桜。泣くなって。お前は何にも悪くねーんだから」
「でも…」
「何も変わんねェって。今日までも、明日からも」

顔を上げた桜の涙に濡れた瞳がいじらしくて、切なくて、抱きしめずにはいられなかった。


どうして俺はいつも背負わせちまうんだ。
全部背負ってやりたいのに。


一層か細く感じる背中を宥めながら閉じた瞼の裏には、笑顔の桜しか浮かんでこない。
それは桜が俺の為に一人で苦しみながらも笑ってくれたからだ。
どれだけ辛かったか、どれだけ孤独だったか。
桜の気持ちを思うと胸が張り裂けそうになる。
この痛みはきっと、最初に嘘をついた自分への罰だ。
けれど桜の痛みを思えば、それも大したことじゃなかった。

「桜。謝んのは俺の方だ」

腕の中で桜が小さく身じろいだのがわかる。
全てを話すことが正しいとは限らないが、これ以上二人の間に秘密を作りたくなかった。
桜がどんな反応を見せたとしても、受け止める覚悟はできていた。

「先に秘密を作ったのは、俺の方なんだよ」
「どういう、こと?」

桜の表情が見る間に変わった。

「全部知ってた。知った上で俺はお前といたいと思ったからここにいるんだよ」
「ちょっと待って! 何言ってるか全然わかんない。知ってたって……え!? 何で銀時が? いつから!?」

一人で抱え込んできた桜からすれば驚愕の事実だろう。
桜の勢いに押され、銀時は一歩後ずさる。

全部話したら桜はどう受け止めるのか。
あの時約束できなかった自分を受け入れてくれるのか。
予想がつかない賭けだが、もう逃げるわけにはいかなかった。

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あきゅろす。
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