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旅立つもの
7

二人が河原で時間を潰している間に、集まっていた観客はかなりまばらになった。
並んでいた出店の屋台は鮮やかなスピードで片され何処かへ消えた。
残っているのはきっと、あえて夜の河原に残りたい者達だけだろう。
二人で帰る部屋がある銀時と桜は、徒歩でゆっくりと帰路を辿っていた。

だが、会話が続かない。
元々銀時はお喋りではないから、桜が積極的に話さなければどうしたって沈黙が続いてしまう。
それはいつものことだ。

たとえ二人が黙ったままでも、一緒にいられるだけで満たされる時も確かにある。
けれど今は少し違うと桜は思う。

「なんで黙ってんの?」

銀時もこの奇妙な沈黙が気になっていたのか、不意に口を開いた。

「なんでって、別に特に話すことないし」
「そんな寂しいこと言うなよ。さっきまで花火見てたわけだろ?いくらでも話すことくらいあんだろ」
「感動して胸いっぱいって感覚、銀時はわかんないかなぁ? 私はまだ頭ん中、興奮状態で整理がつかないの!」

桜はわざと大袈裟な話し方をしてる自分を、芝居がかっているなと冷静な頭でぼんやり思った。
気付いているのか、いないのか。
銀時は何とも形容し難い表情で桜を見遣ってから、ポツリと呟いた。

「俺はちゃんと見てねーもん」
「始まる前からあんなに呑むからでしょ、それは」
「あー、それは…まぁそうなんだけどさ」

いやに素直に認めて口籠るので、桜もそれ以上は何も言わないことにする。

「もう大丈夫なの?」
「ああ、落ち着いた」
「そっか。良かった」

緩く首を撫でる風が、桜は少し冷たく感じた。
今朝は汗ばんで目覚めたはずなのに、夜になると季節はもう秋に変わっているのだと実感させられる。

一緒に暮らすまでは、こんなに時間が過ぎるのが速いなんて知らなかった。
銀時と会えない雨の日は長くて長くて。
たった数日間が何ヶ月にも思えたっけ。
こんなにも速く時間が過ぎていくのだから、もう悩んでる暇もないのかもしれない。

「なぁ、最後の花火ってどんなだった?」
「見てなかったの?! じゃあ何見てたの?」

あんなに周りの人が、これが最後だと教えてくれていたのに。
驚く桜に足を止めた銀時は、真っ直ぐ向き合った。

「お前を見てた」
「私を?」
「ああ。目ェ、逸らせなかった」

今この瞬間もずっと続いている奇跡が、いつか終わる時が必ず来る。
生まれて初めて見る打ち上げ花火が、銀時と二人で見る最後の花火になることだってありえる。
そう思いながら花火を眺めてるうちに、知らぬ間に溢れていた涙を銀時は見逃してはくれなかった。

もしかすると銀時も何か思うところがあり、こっちの出方を探っているのだろうか。
せっかくの夜でさえ互いが腹の探り合いをしているのだとしたら、二人に未来はないのかもしれない。

それならば、もう全部話してしまおうか。
このまま死ぬまでずっと銀時を騙せるわけもないのだから。

桜はそう決心しかけるが、すぐに揺らぐ。
初めて二人で見た花火を、二人きりの帰り道を、悲しい思い出にしたくない、と。

「何かあるなら言ってくれよ。って俺、前も同じこと言ったよな」

一人で勝手に悩んで答えを出せない桜に銀時は鼻で笑った後、少し呆れたような声で言った。

「まぁ無理にとは言わねーけど」

そうは言っても銀時の口ぶりは、全て話さないと帰れないような強引なもの。

「来年も来ようや」と一年後の約束をくれたのに、素直に喜ぶこともできない私の嘘はとても稚拙で、これまでずっと銀時に不信感を抱かせていたのかもしれない。


何にもない道の真ん中で二人は真っ直ぐ向き合った。
話の流れで偶々立ち止まったこの場所は、電灯から少し逸れて薄暗く、互いの表情もはっきり読み取れない。
大事な話を立ち話で済ませるなんて本当は違うのかもしれないが、桜はこの方が話しやすい気がした。

いよいよ桜は覚悟を決め、大きく深呼吸をする。
だが先に切り出したのは意外にも銀時の方だった。

「なぁ、俺から先に言いたいこと言っていいか?」
「え? 何?」

さっきまでずっと銀時にやんわりと問い詰められているような気がしていた桜は、銀時が改まって話したいことが何なのか全くわからなかった。

予想もつかないことを相手が言おうとしている。
それを待つのがこんなに不安だったなんて。
逆に私もずっと銀時に、こんな不安を抱かせていたのだろうか。

今更気が付いた桜は、何を言えばいいのか、何から話せばいいのか思いつかず、俯くしかなかった。

「桜?」

聞き慣れない優しい声に顔を上げると、銀時の右肩より少し斜め上に、ほんの少し欠けた丸い月が見えた。
あれは満ちていく月なのか、それとも欠けていく月なのか。
桜には欠けていく月に見えた。

「俺、お前にはみっともない姿見せて、手ェ引いてもらうばっかりでさ。だからお前がいっつも一人で抱え込んじまうんだろうな」

自嘲気味に話す銀時の表情は、暗くてはっきりわからない。
たとえ明るかったとしても、きっと桜には銀時の表情を読むことはできないだろうが。
それでも桜は今銀時がどんな顔で話してるのか、もっと見たいと思った。

「ま、確かに俺ァだらしのねー弱虫だよ。桜からすりゃ頼りにならねェかもしれねェけど…」
「銀時…」
「それでも引き受けてェんだ。お前が痛くて苦しいなら俺に預けてくれりゃいいから。一人で抱え込んで泣いてる面なんざ見たくねェんだよ」

途中から銀時の声は、普段とは違う感情のこもった強いものに変わった。
出会った頃は全てに怯え、背中を向けていた銀時がくれた言葉が嬉しくて、その分余計に痛くて苦しくてたまらない。
もう一人で抱えられる限界を超えてしまったと、桜ははっきりと自覚した。

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