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旅立つもの
2

「暑いし疲れただろ? 後は俺の分だけだから先帰るか?」
「ううん。待ってる」
「そっか」

水筒を手に玩んでいた銀時は「そろそろやるか」と立ち上がり、「最後に一口」ともう一度口をつけた。
一口どころか喉を鳴らして殆ど中身を飲み切り、口を拭って再び炎天下に出て行く。
陽炎に揺らぐ背中を見送った桜は、温くなってしまったタオルをもう一度濡らし直した。

強い日差しと幾重にも重なる蝉の声のせいか、空気の密度が何だかとても高く感じて息苦しい。
日陰にいても体力を削がれているようで少し不安になるが、身体を冷やして回復させるしかない。
そうしてる間に銀時は、さっき桜が太刀打ちできなかった根の深い雑草を軽く引っこ抜いて、どんどん仕事を片してくれている。

銀時を待ちながら一人で深みにはまっていくよりも、少しでも動いていた方がいいと、一緒に働くことを決めてひと月と少し。
毎日が慌ただしく過ぎ、あれこれ考える時間は確かに減った。
だからといって何の解決にもなっていないことは、ちゃんとわかっている。
相変わらず問題を先送りしているだけだと。
けれど、こんな自分でも。
誰かの、何かの役に立てるのかと思うと、悪い気はしない。
今日は全然銀時の役に立てなかったが。

「桜ー!」

庭の端から銀時が呼びかけてきた。

「何ー?」
「大丈夫かー?」
「うん。大丈夫ー!」
「じゃあさ、そろそろ片付けしてこーぜ」

陽はまだ高いが仕事は大方終わった。
さっさと片付けを済ませれば今日はこれで終い。
桜はゴミ袋を手に、ふらつきを堪えて立ち上がる。

軽く手を振っている銀時の側へ。
大きく深呼吸をしてから一歩を踏み出した。

一秒二秒と時が過ぎるごとに、二人で過ごせる時間は短くなっていく。
別れに近付いていく。
だがそれは自分達だけに限ったことではないのだと、次第に桜はそう思えるようになっていた。

本当は誰だって明日のことはわからない。
ただ自分には覚悟がある分だけ大切にできることがある。

銀時が私を思う時、いつも笑顔が思い浮かびますように。
笑顔しか思い浮かばないくらい。
銀時の中で、いつも笑っている私でいたい。
そんなことを強く思うようになった。

我儘がなりを潜めている近頃の桜に何か感じているのか、いないのか。
「どうしたんだよ。いやに最近素直じゃねーか? 」と、銀時は軽く訝しがりながらも嬉しそう。
お陰で最近はめっきり喧嘩が減り、仲良く過ごせている。

「今日帰ったらさ、キンキンに冷えた酒飲みてェ」
「じゃあお風呂入ってる間に冷やしておくよ」
「あー早く帰りてェ」
「もうちょっとだから、頑張ろ」

太陽の光を浴びていると、自分がものすごく健康に感じて面白い。
このままずっと銀時といられるような、そんな気になってしまう。

このままずっと。
そう願う思いは、世の恋人同士も桜も同じだった。

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あきゅろす。
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