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旅立つもの
5

身体の調子はどうだ。
あまり無理はしないように。
また何かあれば手紙をくれ。

兄からの手紙に目を通した桜は、それを握り潰すと無造作に放り投げた。
紙くずになってしまった手紙から目を逸らし、畳の上に大の字に寝転がってみる。
大きな溜息をついた後、きつく目を閉じた。

外は人気がなく静かで、桜は自分の身体にそっと神経を研ぎ澄ませた。
内から感じるこの鼓動が永遠に続くわけではない、それは当たり前だ。
生きとし生けるもの、必ず等しく死は訪れる。但し、それがいつなのかは誰にもわからないが。

例えば年寄りならば、残り20年も30年もそう生きられないだろう。
銀時や桜のような若者ならば、20年、30年先でも死ぬにはまだ早い。

あと何年生きられるのか。これまでの人生で考えたこともなかった言葉で言い変えるなら、余命。
そんなもの残されていないのだと、桜は今日医者から知らされた。
今も胸に手を当てると確かに感じる鼓動、それこそが奇跡みたいなものなんだそうだ。

寝込んでばかりいた幼少時、あの時に尽きていたかもしれない命が、奇跡が起きて今もまだ続いている。
そういえば戦に出ていた銀時だって死とは隣り合わせだったはずで、だから銀時と出会ったこと自体も奇跡だし、今こうして幸せに暮らしているなんて奇跡の中を生かされているようなものかもしれない。

なんて殊勝な気持ちにはとてもなれなかった。
銀時と出会えた奇跡よりも、医者の宣告がなかったことになる奇跡の方がよっぽど有難いだろう。
けれど現実は自覚症状など全くないまま今もこうして心臓は動き続けている。医者の言う奇跡はまだ続いているらしい。

混乱するばかりで頭の中はまだ整理できないが、 それでも兄に対しての憤りだけは、はっきりと感じられた。
何故兄がずっと自分を病人扱いするのかを、これまで全く理解できなかったが、きっと兄は知っていたのだろう。今となれば全て辻褄が合う。

ただ、何故兄は病気の事を知っていながら私を銀時に押し付けたのか。
それがどうしても解せなかった。
 
厄介払い、なんだろうか。

だとしたら一生兄のことを許せないと思った。

病気だということをちゃんと知らされていたなら。
あの嵐の日、どんなに辛くても私は別れを選んだ。
このままだと近い将来、自分の存在が銀時を苦しめる重荷になってしまうことは避けられないのだから。

閉じた瞼を開いて瞬きをすると、目尻が濡れた。
窓の外からは生温い風が吹き込んできて、雨雲が目に見えて増大している。蒸し暑さは増しているのに、ここ数日はずっと曇天模様。
今日もこの分じゃとても日没まで持ちそうになく、じきに銀時が帰ってくるだろう。
桜は慌てて涙を指先で拭った。

雨が降れば銀時に食べ物を届けられなくなると、何度も恨めしく空を見上げていた去年とは違い、今はそんな心配もなく銀時の側にいられるというのに。
隠し事ばかりが増えていく。
桜は側に転がる丸めた手紙を拾うと広げ直し、しわを伸ばして元通り折りたたんだ。

何でこんなふうになってしまったのだろうか。

最初に兄に手紙を書いた時に、ちゃんと言えなかったこと。
今思えば、あれが分かれ道だったのかもしれない。

ちょっとホームシックなのかも。

そう素直に話せていたら。
兄からの返事が嬉しかったことも、病院へ行ったことも、どこが悪いのかも、全部隠さずに話せた気がする。
今更後悔しても、もう遅いけれど。

どんなに苦しく、押し潰されそうでも、抱えこむしかないのだから。

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