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旅立つもの
8

「ただいまー!」
「お帰りなさい。雨は大丈夫だった?」
「ああ。けど時間の問題だな」

閉じた扉の向こうから雷鳴が響く。
生温い風に天パ頭を掻き回されながら、慌てて帰って来て良かった。
運良く雨に濡れずに済み、銀時は何となく勝ったような気分になる。

風呂が先か飯が先か。
一瞬悩んで飯を選んだ銀時が腰を下ろした途端、外では大粒の雨が降り出した。
 
「あ、降ってきたね」

雨音に気付いた桜が声をかけてくる。

「良かったね、濡れなくって」
「そうだな」

家の中にいても互いの声までかき消されそうなほど、雨は降り始めから激しい。
稲光が部屋を鋭く照らし出し、思わず桜は肩を竦めた。

「銀時、明日の仕事は?」
「休み」

明日の雨は予想できているので、初めから作業の予定は入ってない。なので仲間達は今夜も嬉しそうに飲みに行ってしまった。
きっとこの雷雨じゃ帰るに帰れなくなっているに違いない。

今夜は気分じゃないからと、家にいる方を選んだ銀時も、たまの休みを前に高まる気分は理解できた。
とは言っても、こんな不意の休みが二日、三日と続けば、さすがにおまんまの食い上げだが。

ふと銀時は前に仕事に誘われたことを思い出した。
あの時、二人が所帯を持つようには見えないと言われた一番の原因は、ふらふらと気ままに働いているからなのかもしれない。
今のように頼まれた仕事を選んで引き受けるのは気楽でいいが、本当はきちんと仕事を一本に絞った方がいいのだろう。

男の言葉を気にしていなかったはずが、実際は結構気にしている。
銀時はそんな自分が、自分でも少しおかしく思える。

仕事について悩めることも、男の言葉を気にしていることも、考えようによっては有り難いことだった。
いつの間にかここでの生活に慣れ、知り合いも増え、桜以外の世界が広がってきた証でもある。

「なんかごめんね」

少しの間黙り込んでいると、桜は何故か急に謝ってきた。

「なんで桜が謝んの?」
「私が仕事辞めたせいで銀時一人に負担かけてるから」
「何言ってんの?オメェはよォ」

近頃ずっとふさぎ込んでいて、仕事がないことを気にしているように見えた桜は、銀時が考え事をしていたのを自分のせいだと勘違いしたようだった。

仕事もしないで閉じこもって暮らすなんて、家にいた頃と同じ。
これじゃ家を出た意味がない。

ここへ来た当初、身体を心配する銀時とぶつかるたびに桜はそう言っていた。
誰かに必要とされることが嬉しいと、あんなに楽しそうに働いていたのに、一体どんな誤解があったのだろうか。
今の桜を見ていると、自分にできるなら何とか子供らとの間の誤解を解いてやりたいとさえ思えてくる。
本当は銀時だって、楽しそうな桜を見ているだけで嬉しかったのだ。

「あんまり細かいことは気にすんなよ。退屈なのはわかるし俺もなるべく早く帰るようにするから。ま、明日はどっちみち雨だろうし一緒にゆっくり過ごそうぜ」

ふさぎこんでいる桜を励まそうと思い、少しは明るく笑ってほしいと期待を込めて言ったはずだった。
が、何故か桜はポカンとした表情で見つめ返してくる。

「どうしたんだよ?」
「え? 何が?」
「何が? じゃねェよ。人の話、聞いてんのか?」
「ごめん! ちょっとぼーっとしちゃってた。駄目だね、一人でいる時間が長いとロクなことないね」

慌てて取り繕う桜に銀時は、自分がまるで見当違いの言葉をかけていたことに気付いた。
肩透かしにあったようで面白くない銀時は、「そうかい」と不機嫌に一言だけ返して立ち上がった。

「どこ行くの?」
「どこって、この雨ん中どこへ行けっつーんだ? 風呂しかねーだろ」
「そう」

桜はそれ以上は何も言わず、食事の支度を始めた。
その姿、ちょっとした仕草が妙に小さく悲しげに見えるのは罪悪感のせいか。
言葉に棘があったと自覚がある銀時は、頭を冷やそうと風呂に向かった。

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あきゅろす。
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