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旅立つもの
14

「俺さ、ちょっと中覗いてみたんだよ」

空気を変えるつもりなのか、銀時はいつもの少し気の抜けた喋り方に戻った。

「中って、あの中?」

桜も普段通り意識しながら森を指差す。

「ああ」
「まさか小屋はないよね?」
「さぁ? 暗くて怖ェから奥まで入れなかった」
「えー? 真っ暗ン中にいたのに?」
「明かりのある生活にすっかり慣れちまったからなー。勘も鈍ってんだろ」

それは銀時にとって喜ばしいことなんだろうか。
それとも。
少し寂しく思ったりしてるのだろうか。

銀時の表情と口ぶりからは読めない。
たが銀時が素直に感情を出さない時は、大抵意図してそれを隠している時。
何を考えているのかわからないという時に限って、本当は何かある時なのだと桜にも理解ってきた。
だからこそ反応に困ってしまう。

再び銀時は手近な石を手にし、川に向かって投げつけた。
今度は水面を滑るように長く跳ね続けたので、満足げに微笑んだ。

「上手だね」
「ああ。ガキの頃も仲間内じゃ俺が一番上手かったからな」
「よく遊んだんだ?」
「遊びっつーより真剣勝負だ。負けず嫌いが集まってたからさ」
「へぇ」

銀時から子供の頃の話を聞くことは本当に珍しいので、桜は少し驚いた。

「懐かしい?」
「まあな。それなりに楽しんでた時もあったわけだし? 場面場面だけ切り取りゃァ、素直に懐かしいよな」
「うん」
「桜もそうなんじゃねェの?」
「そうだね」

さっき懐かしいかと聞かれた時は咄嗟に頷くことができなかったけれど、今は素直に認めることができた。

銀時の言う通りだ。
どこを見回しても木々の緑に囲まれ過ごしてきた時間は、辛いことばかりでなく暖かな記憶も確かに胸の中に残している。
昨日届いた兄からの手紙にだって、この胸はあんなにも弾んだのだから。

地獄を見たと言っていた銀時にも、懐かしく振り返ることができる楽しかった瞬間がちゃんとあったこと。
そのことに桜は少し安心し、捻くれた自分が少し惨めに思えた。

「時間ってのは見えねーだけに忘れちまいそうになるが、ホント容赦ねーよな」

何だかいつもと違う銀時の言葉を聞き漏らさないように。
桜が改まって向かい合わせに座り直すと、「そんな大した話じゃねェよ?」と銀時は苦笑する。
けれど桜には、ここに連れてきてくれたことも、珍しく自分を見せようとしてくれていることも、二人にとって大きな意味があるはずだと確かに思えた。


「これさ…」

言いながら銀時が触れたのは、初めて会った時から今でもずっと手放さないでいる刀だった。
本来ならば、もう銀時は帯刀できない。
だが銀時は未だに刀を手放さず、桜にとってもそれは自然なことになっていた。

「何も斬ったことがねーの」

一瞬新しい物という意味かと思ったが、桜が知ってる限り見覚えのある刀に見える。
意味がわからずにいる桜に、銀時は「貰いもんなんだよ」と優しく笑った。

「敵を斬るために振るうんじゃない…だから俺ァ、こいつで何も斬らねーし、多分…俺が手にする以前もこいつは何も斬っちゃいねェと思ってる」 

銀時は独り言のように話した。
これまでの人生で見てきたものの差なのか、桜には銀時の感情を上手く推し量ることができない。
一から十まで全てを話してくれない銀時の言葉を待つしかできないこと、桜はそれが時折もどかしく思えた。

「他にもこれと一緒に遺してもらった言葉があって」
「うん」
「決して忘れちゃいねェけど、ずっと沈めてたんだよな。思い出一個掘り起こそうとすれば余計なもんまで引っ張り出しちまう。それがずっと怖かったから…」
 
銀時が昔の話をすることは滅多にない。
たまにそっと漏らすこともあったが、聞くたび銀時の痛みが伝わってくるようで桜も苦しかった。
だが今日の銀時の声はいつもと少し違ってきこえる。
これまでずっと銀時を苦しめていた後悔やら罪悪感から一歩抜け出せたような、桜にはそんな気がした。

「けどよ、今の俺にはスゲェ大事な言葉だから沈めちゃならねェ。そう思った。これからもずっと、桜をずっと護るから。強くなるために忘れちゃならねーんだ」

ぐっと柄を握りしめながら、銀時は自分に言い聞かせるように強く言った。
銀時の口から、こんなにはっきりと思いを告げられたことがあっただろうか。
思い出そうとしても頭がうまく働かない。

「どうしたの? 急に」
「んー? 急じゃねェよ。俺は俺で色々考えてたの」


私達はちゃんと前に進んでいるんだ。


前に進むことに罪の意識を感じていた銀時が、「ずっと」と言ってくれたこと。
照れくさそうに頭を掻く銀時の姿に胸が熱くなる。

「銀時が忘れちゃいけないっていう言葉は、今の銀時を護ってくれてるんだね」

桜の言葉に銀時は、一瞬の間を置いたあと、まるで泣き笑いのような表情を浮かべた。

「今の俺を、じゃねェ。今も俺を護ってくれてたんだな」
「ねぇ、刀のここって何て言うの?」
「これか?」

桜が指差した先に銀時が視線を落とした。

「鍔っつーんだよ」
「四つ葉のクローバーみたい」

桜はこの刀の鍔の装飾を、幸せを運ぶ四つ葉のクローバーのようだと常々思っていた。

「お前は俺を泣かす気ですかー?!」

意味のわかった銀時は素早く石を握って立ち上がると、森に向かって大きく振りかぶって放り投げた。
石は音もなく森の中に消えていく。

せめてあと十秒。
銀時を見上げないでいてあげよう。
これからもずっと一緒にいられるのなら、男泣きはもっと後に取っておいてもいいかな。

桜は綺麗な石を探すふりをしながら密かに思った。

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あきゅろす。
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