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旅立つもの
13

田畑の中にポツポツと点在する民家。
何ら珍しくもない景色を右手に、ゆったりとしたカーブを左に曲がっていく。
銀時が見せたがっている隠れていた景色が少しづつ姿を現してくる。

新たに目に入ったものといえば、川くらいだった。
これもまた見たことのあるような景色で、大きさといい、流れの速さといい、桜がよく知った川と似ている。

これのどこが珍しいのだろう。
河童でもいるのだろうか。
桜にはさっぱりわからないが、もう黙ってついて行くことにした。

銀時の言う見せたいものが建造物の類いではないということだけはわかった。
もっともっと小さい何かかもしれないし、もしかすると目に見えないものなのかもしれない。

目か鼻か耳。そのいずれかで感じることができるようなものとは一体何なんだろう。
銀時がわざわざ自分に見せたかったものを想像しているうち、疲れも忘れて楽しみになってくる。
いつのまにか下り立っていた川原の石の感触を足に懐かしく感じ、川にかかる小さな橋を渡るだけでもわくわくした。

「この辺でいっか」

対岸に渡ったところで、銀時はそう言った。

「ここ?」
「ああ」

首を傾げながら辺りを見回す桜の隣で、銀時は無造作に腰を下ろした。

「何も思わねェ?」
「えっと…、えー? なんだろ?」
「じゃあ、何でもいいから思ったこと言ってみ?」

大きな特色のない、ありふれた山間の村の景色。
思いついたことといえば、生まれ育った場所と似ていることくらい。

あの場所のことを何て言えばいいのか、それを桜は迷って答えに困っていた。
銀時の前で「故郷」と口にするのは抵抗があったし、「二人が出会った場所」と言うのも何だかむず痒い。
これまでも言わなくても通じていたのだから、多分大丈夫だろう。
桜は短い間で巡らせ、やっと口を開いた。

「何となく似てるよね?」
「何となく!? 見飽きた景色と似過ぎて脳みそが錯覚起こしてんじゃねーか? 俺はびっくりしたけどな、似過ぎて」

そう言いながら銀時が後方を指差した。
つられて振り返って、やっと銀時の言いたかったことがわかった。
どの場所かをちゃんと言わなくても通じていたこと、そんな小さな喜びも一気に吹っ飛んだ。

銀時と出会ったあの日。
水切りに飽きて振り返った先に目に止まった景色。
もう、どうなってもいい。
薄っぺらい覚悟を決めて足を踏み入れた、暗い森。

川沿いを毎日のように歩き、森へと続く小さな坂を登ったこと。
次第に森の中の道を覚え、辿り着いた小屋の中で銀時が待ってくれていたこと。

次々に甦ってくる。
似てるとか似てないとか、そんな問題ではない。
今自分がどこにいるのかを錯覚するほど、全く同じ景色が目の前にあった。


「な? 錯覚するだろ?」

言葉を失う桜に、銀時はそっと声をかけた。

「ほんとにね…」

ありふれた景色とはいえ、こんなに似ている場所がそうあるものなのか。
生憎桜はその答えを持っていない。

「初めて見た時はそりゃびっくりしてさ、頭おかしくなっちまったのかって」
「うん。そうなるよね」

自分よりは色んなところに行ったことがあるだろう銀時がそこまで驚いたのだから、なかなかあることじゃないのだろう。
桜はそういうことにしておいた。

「懐かしいか?」

川原の石を玩びながらポツリと尋ねる銀時の静かな声色に、心臓が跳ねる。

「え?」
「故郷が恋しい時もあるんだろうな、とか思って。簡単に会いに行けるわけもねーし、代わりにはなんねェかもしれねーが、こんなとこもあるんだってお前に見せたかったんだよ」

そう言うと銀時は、川に向かって石を投げつけた。
一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
石が跳ね続けている間に、なんて答えようか考えなきゃ。
桜が迷ってるうちに石は沈んでしまった。

銀時は首を捻ると、もう一度石を握り腕を振り上げた。
が、思い直したように腕を下ろしたところで時間終了だった。

「俺にとっちゃ、スゲェ思い出深い場所なんだけどな」

まだ言葉が見つからない桜を見遣って、銀時は先に口を開いた。
お前は違うの?
そう言いたげに。

そうじゃない。

きっと銀時にはわからないし自分も上手く伝えられないだろうけれど、黙り込んで銀時の気持ちを無下にするよりはマシかと、桜は答えが見つからないまま口を開いた。

「私にとっても、もちろん思い出深いよ? 銀時と出会った場所だし、生まれ育った場所でもあるからね」
「ああ」
「だからこそ複雑なのかな。ほんのちょっとだけ裏切られたような気持ちもあるの。勝手だよね、自分で決めて出てきたくせに」

捻くれているにも程があると自分でも思う。
こんなことを聞かされた銀時はどう思うだろうか。
この年までぬくぬくと故郷で暮らしていた自分とは、真逆の人生を送ってきた銀時を思うと、桜は怖くて顔が上げられなかった。

「桜?」

思いの外優しい声に何とか顔を上げると、いつもより少し大人に見える微笑みが待っていた。

「時間が過ぎりゃまた変わってくるさ。そんなもんだ」
「銀時」
「ん?」
「連れてきてくれてありがとう」
「ああ」

言わなくてもいいことを口にして、銀時の期待していた流れとは絶対違うはずなのに。
優しく笑ってくれる銀時が、やけにせつなく感じた。

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