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旅立つもの
2

 * * *


……灯り、か?

雲の向こう側から薄らと半月の明かりが滲む夜。
遠く前方にぼんやりと灯りが揺れているのに気が付いた銀時は、履いていた草履を脱ぎ、そっと胸元に忍ばせた。
そして道を逸れ、草の陰に身を低く屈めて息を潜める。
灯りは少しずつ近付き大きくなり、それが誰かが手にしている提灯の灯りだとわかった。
足音が目の前を通り過ぎる直前、握っていた刀の柄をぎゅっと握り直す。

『鬼だよ、見たヤツがいるんだ。ボサボサの白い髪の毛で結構大きいらしい』
『そいつが食い物盗んでんだな』
『それが食い物だけじゃねェんだって。干してる洗濯物まで荒らされたりな』
『じゃあ昼間も現れるってことか。おっかねェな』
『人間ならとっ捕まえてやるが鬼が相手じゃなぁ…』

次第に遠ざかっていく男達の声。

「鬼、か……」

銀時は鼻で笑い小さく呟く。

ずっと前にもそんなふうに呼ばれたことがあったような。
ボサボサの天パのせいか、髪色のせいか、どうにも鬼には縁がある。

ま、捕まえられるもんなら、やってみやがれってんだ。

立ち上がった銀時は鬼のような険しい目つきで遠く揺れる灯りを見つめ、そして闇へと姿を消した。




 * * *



「桜。どこ行くんだ?」

握り飯を用意していた桜は、後ろから近付いてきた兄に声をかけられ手を止めた。

「いい天気だし、ちょっと遠出してみようかなっと思って」
「このあたりに最近鬼が出るって噂は知ってるだろ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫。暗くなる前には帰ってくるし、安心して」
「そうか。まぁ……充分気をつけてな」

遠出してみるなんてごまかしてみたが、兄は桜がしょっちゅう人気の少ない河原でぼんやり過ごしてることを知っている。
近頃この近辺には、鬼がよく現れているという。
噂では大きな身体だというし、いくら気を付けても実際に鉢合わせてしまっては命も危ないかもしれないというのに。
口では心配する素振りを見せていても、きっと本気で止めるつもりはないのだ。

とはいえ桜も、こんな天気のいい日におとなしく家に篭るなんて冗談じゃなく、兄が止めたところで素直に聞くつもりもなかった。

鬼の噂といったって、農作業中に昼飯が奪われたり、畑が荒らされたりする程度の被害だと聞く。
きっと山から下りた猿か狸の仕業だろう。
だいたい盗んだ昼飯を食らう鬼だなんて、迫力も何もあったもんじゃない。

「じゃあ行ってくる」
「ああ。気をつけて」

気まずい空気に耐え切れず、桜は急いで荷物を手にして外へ出た。
兄が見送ってくれるわけがないとわかっていながら振り向くと、閉ざされた玄関が目に入る。

子供の頃は仲の良かった兄。
身体が弱く寝込みがちだった私に優しかったのに。

時が経った今では、顔を合わせるのが苦しくてたまらない。
いつ頃からだろうか。
両親が亡くなり、既に家庭を持っていた兄が若くして当主となった頃からだろうか。
明らかに家の中の空気が変わったのは。

働き手になるわけじゃなく、かといってさっさと嫁に行くわけでもない。
言ってしまえばただの穀潰し状態の桜は、すっかり家での居場所をなくしていった。

冬の間はあまり外へ出られず針のむしろのような日々だったが、今は幾分か気分が楽だ。
今日はお握りも持ってきたし、開き直ってピクニックを楽しもうと河原にやってきた桜は、ふと後方の森を振り返った。

「こりゃ確かに鬼くらい出そうだな」

目の前の鬱蒼とした景色を前に一人呟く。
森の中は全く手入れされておらず荒れていて、桜も奥までは入ったことがなかった。
こんな場所なら鬼はいないにしても、どこか別世界への入口があっても不思議でない。

桜は視線を河原に戻し、川に石を投げてみた。
水切りは得意でない。石は二回跳ねたきり沈んでしまった。

「あーあ……」

溜息を吐き、もう一度手近にある石を手にする。
だが投げようと構えた腕を下ろした。

なんて退屈な毎日だろう。
たまには町へ出ることもあるが、ほとんどがこうしてぼんやりと時間を潰すだけの人生。

私は何のために生きているんだろう。
仕事もさせず、タダ飯を与えるだけの余裕があるのなら、どうして私をどこかの町にでも放り出してくれないのだろうか。
それで傷ついても、倒れたとしても、心から笑える一瞬があるなら私はそっちを選ぶのに。

桜はまた後ろを振り返り、荒れて見分けがつきにくくなった森の入口を見遣った。

あの奥はどうなっているんだろう。
ずっとずっと真っ直ぐ歩き続けたら、いつかどこか知らない町に繋がるんだろうか。

桜は森に入ってみようと決めた。

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