信じられない。目の前で起こっているこの状況が。なんで、なんでこいつがこんなところにいやがる。なんで刀なんか持ってそんな冷酷な目で笑ってやがる。この前のお前はもっと淑やかに笑ってたじゃねーか。なんで、なんで。
「ふっ、君か…どうやら僕は君達に利用されてたようだね」
「そんな人聞きの悪い、裏切り者は裏切りによって死ぬ、ただそれだけじゃないですか」
「ははっ、君はほんと思った以上に冷酷な人間のようだ」
なんで伊東なんかと知り合いなんだ。その会話はどういうことだ。それじゃあまるでお前が。
「…弥生、なんであんたがここに」
総悟の問いかけに弥生が俺達にゆっくりと視線を向ける。その感情のない眼に俺達が映る。そしてくすりと嘲笑うかのように笑う。背中がぞっとした。
「理解できませんか?一番隊隊長さん」
「………っ、」
「あたしが鬼兵隊だからですよ」
どうして他人みたいに話すんだよ。俺らは幼なじみだろ?この前だって一緒に笑い合ってたじゃねーか。理解できねーよ。できるわけねーだろ。
「……弥生、それは本当なのか?」
「嘘言っても仕方がないじゃないですか、局長さん」
総悟も近藤さんも、あまりの出来事にまだ戸惑っている。いや、俺もか。当たり前だ。お前が敵だなんて考えた事もねェんだから。だがここで冷静さを失うわけにはいかない。
「なんでお前が鬼兵隊なんかにいやがる」
「なんでと言われましても、あなたが真選組にいる理由と同じじゃないですか?……副長さん」
それはつまり、お前が高杉を慕っているということか?お前の大将は高杉だってのか?やっぱり理解できねー。だってお前は総悟よりも、誰よりも近藤さんを慕ってたじゃねェか。なァ、お前誰だよ。俺達の、俺の知ってる弥生はこんなヤツじゃねェ。
「まだ信じきれていないようですね」
「……やめろ、」
「それとも裏切りとでもお思いですか」
「そんな口調で喋るのやめろ!」
その口で嘘だと言って笑ってくれないだろうか。昔のように笑ってはくれないだろうか。あぁ、今の俺はどこかイカれてる。鬼の副長とも呼ばれる俺が、女たった一人のことでこんなに動揺するなんて。再会するまで、思い出しもしなかったこいつのことで。
「…あたしは鬼兵隊、つまり十四郎や総悟、近藤さんの敵」
少なからず、嘘だと願いたいほど、どうやらこいつのことを信じていたようだ。そうだ、だからこの前だって真選組に誘ったんじゃねーか。だが、やっぱり思えば思うほど疑問に思うばかりだ。
「…敵なんだよ」
「なんでお前が、なんで近藤さんを誰よりも慕ってたお前が…命狙うような真似してんだ」
そう言うと、あいつの顔がひどく歪んだ。
「弥生、どうして鬼兵隊なんかに…」
「…ごめんなさい、近藤さん。本当に、ごめんなさい……」
「…弥生、」
「ごめんなさい」
さっきまでの冷たい表情と打って変わり、今は詰まるような思いをしているのが一目でわかる。消えそうな声で近藤さんに謝る弥生を見て、いつかの癖か、手があいつの頭へと伸びる。でもその手は届きそうなところで勢いよく弾かれた。
「っ敵だって言ってるでしょ!」
どうしたら俺の知ってる弥生に戻る?どうしたらいつも俺にちょっかいかけてくる生意気だった昔のこいつに戻る?
「今でもあたしはあなた達が好き、でも、それ以上に幕府が憎い……だから、」
こいつに俺達がいなくなってから何があったのか。何がこいつをこんな風に変えたのか。
「あたしは、あなた達を殺します」
そう言ったこいつの顔は、今にも泣き出しそうだった。
(20091114)
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