黒い黒い感情。いつからか心の底から湧き出てくるようになった。悲しみ、憎しみ、苦しみ。一体どの感情に当てはまるのかはわからないけど、負の感情には変わりなかった。晋助はこれを獣と呼ぶ。
「おか…さ、おと……っさ…!」
最初にそいつが現れたのはあたしが10歳の時。つまり天人に家族を殺された時。飛び散る赤、天人のつり上がった口元。なんで、なんでなんでなんで。幼かったあたしは家族が殺された理由もわからず、恐怖と悲しみにひたすら泣き叫ぶだけだった。復讐の念を抱きながら。
「君、名前は?」
「………弥生」
「弥生かあ、かわいい名前だ。どうだ、行くとこなかったら俺んとこ来ねーか?」
それが収まったのは近藤さんに拾われてから。差し伸べられた手をあたしは迷わずとった。近藤さんの道場で暮らす毎日はあまりにも楽しすぎて、復讐なんてどうでもよくなった。近藤さんにイタズラする総悟とあたし。それを見て笑うミツバ。いつからかそこに十四郎も加わってさらに楽しい毎日となった。初恋もした。その想いを打ち明けることはなかったけど、あたしにとってはいい思い出だ。
そう、そのままいれば再び獣が現れてくることはなかった。そのままいれば。
「おー、まだ残ってたか」
「あれから十何年たつのになァ、それにしても立派な家だ」
「さぞかし裕福な暮らしをしてたんだろうよ、ヒヒヒッ、悪い事しちまったなァ」
みんなが上京していって数ヶ月。両親の墓参りに家に帰ったときだった。見覚えのある天人の顔。下品な笑い方は昔と変わっていなかった。
「そんなことひとつも思ってないのによく言えるぜ」
「仕方ねーだろ?幕府からの命令だったんだ、おかげでこっちも大出世よ」
「しかも十何年もたってからここの財産までも奪うとはお前もひどいねェ」
「ヒヒッ、お前も言えた義理か?」
「ハハハッ、違いねー」
交わされる会話に血が頭に上っていくのを感じた。胸の奥ではふつふつと煮えたぎる黒い感情。無意識に刀へと手が伸びていた。
「まァこんな家柄に生まれてきたことを恨むんだな」
その一言で黒い感情が溢れ出した。笑い声が悲鳴に変わる。その悲鳴と、生に縋り助けを乞う天人の姿を見て心が満たされていくのを感じた。初めて人を殺した。初めて人から命を奪った。その感触は生々しくて、でも決して不快ではなかった。
そしてあたしは晋助と出会った。天人を殺し、血塗れだったあたしに手を差し伸べた。差し伸べられたのはこれで二度目。その手をとったことに後悔はない。
「晋助、愛してる」
「珍しいじゃねェか、てめェから言ってくるなんて」
「言いたい気分だったの」
晋助との道が彼らと相容れぬ道だとしても、あたしはそれ以上に晋助を愛し、幕府を憎んでいるから。だから、大丈夫。
「晋助はさ、桂や白夜叉に刀向けられたときどう思った?」
「…どうした、急に」
「……ううん、何でもない」
幕府への憎しみ、これを糧にあたしは人を斬る。今日だってそれに変わりない。憎い幕府の者を斬りに行く、それだけ。さあ、そろそろ時間だ。
「晋助、あたしも行ってくるね」
立ち上がろうとするが、手を引かれ晋助の胸へと抱き込まれる。するとぎゅっと少し痛いくらい抱き締められた。
「……晋助?」
「…早く帰ってこいよ」
「…変な晋助、終わったらすぐ帰ってくるよ」
あたしはそっと、晋助の腕を外した。
(20091108)
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