江戸に来て早数週間。あれ以来十四郎や近藤さんには会っていない。ましてや総悟にも。また行くと言いながらも、屯所に行くのは気が引けた。伊東さんにまた何か言われたらたまらない。でも一度くらい総悟にも会っておきたかったなあと江戸の町をぷらぷら歩く。
「ちょっ、離して下さい!!」
「いいじゃんいいじゃん〜、どうせ暇だろ?俺らと遊ぼうぜ」
江戸に来て毎回思うのは、物騒だということ。こんな輩がうろうろいる。攘夷志士のあたしが言えることじゃないかもしれないけど。そして人情がない。今だってほら、みんな見てみぬふり。あたしもそうできたら楽なのだけど、どうやらそんな器用なことはできない性格らしい。
「嫌がってるじゃない、離してあげたらどうですか?」
「あァ?なんだよお前…ってえらい別嬪さんじゃねーか、姉ちゃんが代わりに俺らと遊んでくれるってなら離してやってもいいぜ?」
「ふふっ、いいですよ」
あたしがそう言うと男達は下卑に笑う。なんと滑稽な。いつぞの天人を思い出し非常に不愉快だ。女をさっさと逃がし、男達を感情のない目で捉える。そして今から起こることを思い冷笑を浮かべた。
「さあ、楽しく遊びましょうか」
その言葉を合図に男達を素手で殴り倒していく。あたしだって伊達に鬼兵隊幹部をやってきたわけじゃない。女だからってナメてもらっちゃ困る。どすっと鈍い音が響き渡る。最後の一人をやったとこで黒い制服を着た警察がやってきた。大方、さっき逃がした女が呼んでくれたのだろう。
「おい、そこで何をやっている」
役人の低い声が聞こえた。適当に済ましてさっさと立ち去ろうと思ったが、聞き覚えのあるその声に心臓が鳴った。まさかと振り返る。
「…弥生か?」
「十四郎…、っ総悟?」
「……弥生…?」
そこには懐かしい蜂蜜色があった。ミツバと同じあの色が。会いたかったと思っていただけに自然と笑みがこぼれるのがわかった。
「話には聞いてやしたが人間成長すれば変わるもんだねィ」
「総悟も、大きくなった」
上京するときはあんなに小さかったのに、今じゃあたしの背なんて軽く越えられている。声も低くなった。でも顔には少しあどけなさが残っている。顔はミツバそっくりだ。
「…お前がこいつらをやったのか?」
「あぁうん、旅なんてしてると物騒だからね、自然と身についちゃって」
「すげーや、どうですかィ真選組に、弥生なら攘夷志士もちょろいもんでさァ」
「え?」
「また一緒に土方を陥れやしょうぜ」
冗談だなんてわかってる。でもつい幼い頃を思い出した。あの頃は本当に楽しかった。もう決して戻れないけれど。
「…それは、楽しそうね」
「冗談じゃねェ、本気で真選組で働かねーか?もちろん女中としてだが」
ばっと十四郎の方を見て、思ってもみなかった言葉に目を丸くする。本気で言っているのだろうか。彼らは何も知らない。あたしが鬼兵隊だということも、これから彼らにすることも。やだ、気づきたくない。胸の奥底で疼く痛みに。
「どうせまともな職になんざ就いてねーんだろ?」
「失礼な、それにあたしが家事なんてできると思ってるの?雇うなら隊士として雇ってもらわなきゃ」
「それでもいい、来いよ、真選組に」
やめて、やめてよ。どうして彼はこうあたしの決心を鈍らすようなことをするのだろうか。
「…なんで今さらそんなこと言うの?」
「俺達なりに後悔してたんだ、お前を置いてきたことを」
「あたしは置いていかれたとは思ってない」
確かにあたしはあたしの意志で武州に残った。そのはずなのに、罪滅ぼしだと思っているのだろうか。いや、それならそんな強い眼差しであたしを見ない。本当にやめてほしい。そんな眼で見られたら、断るものも断れないじゃない。あぁ、なんて意志が弱いのかあたしは。
「…考えとく、」
あの時彼らと一緒に来ていたら、あたしは今頃真選組で働いているのだろうか。もし、あの時一緒に来ていればあたしは。…いや、過去のことを仮定しても意味がない。やめよう。あたしはついて行かなかったことを後悔なんてしてないのだから。
「またね」
次会うときは戦場で。
(20091108)
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