昔、ある女がいた。がさつで乱暴で、女の身で刀を握る。ミツバとはまるで正反対の女だった。歳は俺と同じくらいで中身はてんでガキだ。そいつはいつも俺にちょっかいかけてくる生意気なヤツで、そしていつも笑っていた。だからか俺の記憶の中のあいつは笑ってるものばかり。俺達が武州を去るときも笑顔で送り出してくれた。本当は自分だってついていきたかっただろうに、それでもあいつは、ミツバのことは任せてと言って笑っていた。
しかしあいつは突然姿を消した。ミツバに今までありがとうとだけ言い、出ていったらしい。理由も、行く宛さえ言わず。最初こそ心配したが、次第にあいつなら生きているだろうと確信が出てきた。そして、時が経つにつれてあいつを思い出すこともなくなっていた。
「近藤さんが?」
「ええ、今すぐ来るようにと」
「わかった」
午前の仕事を終え、一服していたところ、近藤さんに呼ばれ俺は客間へと足を向けた。俺たちに客なんて珍しい。幕府のお偉方かなんかだろうか。客間に近づくにつれて話し声が聞こえてくる。
「久しぶり、近藤さん」
「いやー、ほんと久しぶりだなァ!元気だったか?」
「はい、近藤さんは…って見ればわかりますね」
一人は近藤さんの声、もう一人は女の声だった。近藤さんと親しげに話しているところを見ると、どうやら幕府のお偉方ではなさそうだ。俺も客間へと辿りつき、顔を出す。
「呼んだか?近藤さん」
「おお、トシ!待っていたぞ!」
客人の方にも目を向けると、その女は静かに微笑んだ。
「…久しぶり、十四郎」
「……お前、弥生…?」
その女はまさしくあいつだった。しかし自分の知っているあいつとは容姿が駆け離れている。見れば見るほど昔のあいつとは違い、目を疑うばかりだ。長いのは邪魔だとさっぱりしていた髪は伸び、綺麗に後ろで結ってある。昔のように豪快に笑うことなどなく、淑やかに笑う。袴しか履かなかったあいつが着物を着ている。人間、大人になるとこれまで変わるのか。
「しかし綺麗になったもんだ、なあトシ?」
「……あ…あァ、」
「そんなこと言ったって、何もでませんよ?」
そう言ってまたくすくすと笑う。目の前にいる女は本当にあの弥生なんだろうか。
「総悟は元気?」
「あいつもあいつで元気にやってるよ!今は仕事で屯所を出ているんだが」
「どうせそこらへんでサボってんだろ」
「総悟らしい」
女になった。そんな印象を持たざるおえなかった。俺が弥生を凝視してるとふと目が合った。すると少し困ったように笑い、首を傾げた。不意に俺の心臓がドクンと鳴る。オイオイ、冗談じゃねェ。
「お話し中すみません、局長、ちょっといいですか」
「今行く、じゃあ弥生、ゆっくりしといてくれ」
「お仕事邪魔しちゃってすみません、ありがとうございます」
近藤さんはニカっと笑って出ていった。客間には俺と弥生の二人だけとなった。少しの沈黙の後、先に口を開いたのは弥生だった。
「十四郎はお仕事大丈夫?」
「あァ、午前中にある程度は終わらせてある」
煙草の煙を吐いて、今度は俺から口を開く。
「…お前、何で急に出ていったんだ」
「…なんだか急に一人で旅に出たいと思ってね」
「どこぞの詩人かてめーは」
「ふふ、」
「…お前、変わったな」
「十四郎は変わらないね」
そう言った弥生は、一瞬寂しそうな顔をしたように見えた。そんなことを思ってると手が勝手に弥生の頭へと伸びた。これは昔からのくせだ。ぽんぽんと撫でてやると、弥生は少し頬を赤らめキッと俺を睨み付けた。
「…いや、やっぱ変わんねェな」
「え?」
「こうやって俺に頭撫でられんの好きだったじゃねェか、昔から」
「別に好きじゃない!」
このときだけ、弥生が昔の弥生に戻った気がした。
(20091011)
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