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今日は晋助に内緒のお忍び。場所は大江戸病院。見渡す限りの白とこの独特の匂いにはなかなか慣れない。といってもここに来るのは今日だけだから、あまり関係ないのだけど。

ある病室の戸を叩くと、高くて綺麗な声で返事が返ってくる。あぁ、この声を聞くのは久しぶりだ。上がる口角は戸の前だけにして、戸を開けると同時に元に戻す。



「……あら、」

「久しぶり、ミツバ」

「…弥生、ちゃん?」



何年かぶりに見たミツバは前にも増して綺麗になっていた。髪も少し伸びただろうか。



「弥生ちゃん綺麗になったからわからなかったわ」

「ミツバにそう言われると嬉しいな」

「……元気にしてた?」

「うん、心配かけてごめんね」

「弥生ちゃんが元気なら、それでいいのよ」



そしてミツバは優しいままだ。何故急に出ていったのか、今まで何をしていたのか問いただすことはしない。黙ってあたしに微笑んでくれる。



「結婚、するんだってね、おめでとう」

「ありがとう、わざわざそのために?」

「親友の結婚を祝わないヤツがどこにいんのよ」

「ふふ、嬉しいわ。でもどうして知ってるの?」

「…どうしてだと思う?」

「まあ、意地悪なとこは変わってないのね」



くすくす、と笑うミツバを見てあたしも笑みをこぼす。何年ぶりに会ったとしても、こうやって普通に笑い合えるのはミツバだからだろう。



「幸せに、なってねミツバ」

「ええ、みんながうらやましくなるくらい幸せになるわ」



ミツバが結婚するという情報を手に入れてからずっと心に引っかかっていたもの。それもミツバのこの言葉を聞いてどうでもよくなった。十四郎のことはよかったの?なんて聞くだけ野暮だ。ミツバが幸せを掴もうとしているときに水をさすようなことは言えない。



「弥生ちゃんはいないの?素敵な人」

「えっ、あたし!?」

「そう、弥生ちゃん」

「う、うーん、いるけど…」

「まあ、ほんと?どんな人なの?」



まさか聞き返されるとは思っていなかったあたしはついうろたえる。それにこんな話をするのも初めてだ。また子とも基本むず痒くてこんな乙女な話はしたことがない。…晋助はどんな人と言えばいいのだろう。



「えっと…、エロくてSでわがままで独占欲強くて俺様な感じで…」

「まあ、」

「でも本当は寂しがりやで自分の信念もちゃんと持ってて強くて、何よりあたしを大事にしてくれる人…かな一応」

「…よっぽど好きなのねえ、その人のこと」

「は!?ちょ、恥ずかしいこと言わないでよもう!」

「ふふふ、弥生ちゃんもその人と幸せにね」

「…ありがとう」



慣れないことを言ったから顔が少し熱い。ぱたぱたと手のひらで扇ぐあたしを見てミツバが笑う。そして思い出したように声を上げた。



「そういえば、総ちゃん達には会ったの?」

「…ううん、」

「なら丁度いいわ、もうすぐ来ると思う総ちゃん」

「いや、今日はやめとく」

「あら、なんで?」



まだ会うわけにはいかない。いずれ対峙してしまうその時まで、あたしは決心を揺るがすわけにはいかないから。それに今日はミツバに会いに来ただけだもの。



「またサプライズで会いに行くつもりだから」

「ふふ、弥生ちゃんらしい」

「でしょ?だからさ、今日あたしが来たことも黙っといてくれない?」

「この嬉しさを誰かに伝えたかったけど、わかったわ」

「ありがと」



総悟ももうすく来るとのことだし、そろそろお暇しようと立ち上がる。本当はもっと話をしたかったのだけど。会えただけでも満足するとしよう。



「じゃあ、辛いものもほどほどにね」

「ええ、今日はありがとう。よかったらまた来てちょうだいね」



少し寂しそうに笑うミツバ。そんなミツバを見ると堪えられなくなり、つい抱きついてしまった。ミツバがこんなときにビックリさせるようなことして、あたし何やってんだろ。それでもミツバは優しくあたしの頭を撫でてくれた。



「…弥生ちゃん?」

「…うん、また来るから」



いけない、いけない。つい泣きそうになってしまった。平然を装っていたけど本当は知ってる。ミツバがもうそんな長くないって。きっと最後の約束は守れない。これがミツバに会う最後の時。胸が痛い。ミツバがもうすぐ死んでしまうなんて。でもそれはそれでいいのかもしれない。これから先、ミツバが生きていたらきっと辛い想いをさせてしまう。

あたしは涙がこぼれてしまう前に病室を出た。そして病院も早足で出たところで振り返る。



「ミツバ、今までありがとう、大好きだよ」



あたしはそう呟いた後、笠を深くかぶりもう一度歩を進め始めた。それと同時にすれ違った銀髪の男と黒い制服を着た栗毛の男を視界の隅に捉えながら。



(20100106)

「おら、辛いもん今日も買ってきてやったぜ」

「…今日は少し控えようかしら」

「姉上、何かいいことでもあったんですかィ?」

「ふふ、ちょっとね」






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