「…高杉、てめェ」
「し、晋助…」
俺の刀を防いだのは紛れもない、あの高杉晋助だった。この隻眼が何よりも表してる。どうしてこいつが。確かに伊東と手を組んでいたのは鬼兵隊だが、なんでその頭であるこいつがわざわざこんなところまで来たのか。弥生も知らなかったのか困惑している。
「なんで晋助がここに…」
「お前ェ今何しようとした?」
高杉の発した声は予想以上に低く、右だけの目は怒りに燃えていた。俺が言うのもなんだが末恐ろしい目だ。高杉はその対象を俺から後ろにいる弥生へと移し変える。
「…こいつに殺されようとしただろ?」
「!」
「来て正解だったようだなァ」
弥生はバツが悪いように顔を伏せた。俺にわざと殺されようとした?なんで、なんて聞く必要もない。
「弥生、お前…」
「こいつだろォ?てめェの幼なじみは。よりによって真選組副長だったとはなァ」
あいつの中で俺達はまだ幼なじみで、あの頃と同じような存在だった。だからあいつは俺達を殺すと言ったとき、あんな泣きそうな表情をしていたんだ。だから今だって。
「…あたしにみんなを殺すことはできない」
どうしたら昔の弥生に戻るかなんて、考えるだけ無駄だったんだ。弥生は確かに弥生だった。変わらない、俺達の知ってる弥生だった。
「っでも晋助の足枷になるのも嫌なの」
「それは俺が決めることだ、勝手に死ぬなんて許さねェ」
俺は高杉の言葉に目を見開く。先ほどから感じる違和感。それは確かにこいつらの会話で、一つの疑問とともに頭に浮かんだ。
「…高杉、俺ァてめーがそんな部下思いだったとは思わなかったぜ」
「ククッ…部下、ねェ」
おかしいそうに高杉は笑う。何がそんなにおかしいのか。高杉は最も危険とされる過激派攘夷浪士。部下の命なんざいちいち気にするわけもねェ。ましてや足手まといになる部下など自ら斬り落とすだろう。ところが高杉はあろうことかそれとは真逆の素振りを見せた。
「こいつァ俺の女だ」
「な、んだと…?」
一瞬、自分の耳を疑った。弥生が高杉の女?嘘だろ、そんなこと。いや、でもそれならあの違和感も説明がつく。
「…これ以上てめェらに奪わせやしねェ」
高杉はもう一度俺を見据え、刀を構える。上等だ、ここでたたっ斬ってやる。俺も刀を構え、大きく振りかぶる。しかし刀を交えたのは弥生だった。
「…晋助に刀を向けるのはあたしが許さない」
「っどけ!!弥生!!」
「晋助とやるにはあたしを倒してからだよ」
弥生にとって高杉もきっとかけがえのない存在なのか、さっきと違ってキッと俺を見る。俺が高杉に斬りかかろうとすれば今度は斬る、そう言っているようだった。しかしそんな弥生を高杉は自分の胸へと引き寄せた。
「帰るぞ弥生」
「でも晋助…!」
「帰るぞ」
「…わかった」
「オイ待ちやがれ!!」
「追ってくるのも結構だがよォ副長さん、それよりもやらなきゃならねェことがあるんじゃねェか?」
「っくそ、」
周りを見渡せば、未だ鬼兵隊と戦う真選組。高杉を斬る機会を逃したくはないが、今はこの状態をなんとかしなくてはならない。伊東のことも、だ。背を向け立ち去ろうとする高杉と、その後を行くあいつを黙って見るしかできない。それが悔しくて刀を強く握りしめる。するとあいつは最後にゆっくりと振り返った。
「…十四郎、」
愛してたよ。その口は確かにそう言っていた。そしてその切ない表情が俺の胸を締めつける。
「っ弥生、」
「さようなら、また会おうね」
こいつの背中に焦がれる日なんてくると思わなかった。
(20091219)
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