「おー、バカ杉がこんなとこで寝てやがる」
攘夷戦争のさなか、何もかもが疲れて敵の死体や仲間の死体がごろごろと転がるこの地に寝転がっていたら、ありもしないあいつの顔が見えた。
「…てめー、なんでこんなところにいやがる」
「アホ面してらー」
「殺すぞ」
上から俺を見下ろすあいつは、けたけた笑う。その顔は相変わらずで。
「ほら、立ちなよ」
寝ている俺に向かって手を差し伸べる。いつだってそうだった。俺が立ち止まろうとするとこいつは俺の手をひっぱり、俺を前へと進ませる。
「みんな高杉が帰ってくるの待ってるよ」
「てめーは待ってくねェのかよ」
俺がそう言うと、あいつは困ったように笑った。わかってる、こんな質問など無意味だと。わかってた、帰ったってこいつはいないんだと。だからか、どうも帰る気がしねェ。体から気力も全て吸い取られた気分だ。
「高杉、あたしのとこなんかに来たらぶん殴るよ」
「おっかねー女だ」
それがどうしたことか、こいつの一言で帰ろうという気になれる。これは昔からの癖なのか。こんな自分に苦笑しながらも、やっぱり目の前の手をとってしまう。俺は多分この先ずっと、こいつに手を引っぱられていくのだろう。
「あたしももう帰らなきゃ」
「…待て、」
立ち上がると、不思議なことにさっきより体が軽くなっていた。嗚呼、これもこいつのせいなんだろう。
「キス、させろや」
「…もーしょうがないなー」
口では強がっているこいつの顔はほんのり赤かった。そんな顔でさえ愛おしいと思ってしまう俺は末期だろうか。こいつの頬に手を添え、優しくその唇に覆いかぶさる。なかなかやめない俺に痺れを切らしてか、服をきゅっと掴む。顔を離してみると案の定あいつの顔は赤かった。その赤い顔のままあいつは微笑み、じゃあね、と言った。俺はそれにあァ、とだけ返し背を向け歩き出す。
「生きて、高杉」
振り返ると、あいつの姿はなかった。
(20091017)
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