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Tales of the Abyss
song by ……@(アシュルク)
正夢    song by spitz











月が深い雲に覆われた夜だった。
いつもは月光を浴びて白く輝くセレニアの花も、今日ばかりはここにやって来た彼の心情を映したように、ひっそりと咲いている。

「……どうして…だ………?」

誰に尋ねる訳でもなく、彼はそう呟いた。
冷たい夜風がその呟きを宙に拡散させていく。

「俺は…死んだのに……何故…お前は…願った……?」

今にも泣きそうな、震えた声。
だがそれに答えるものはいない。
いつだって聞こえるのは、近くの滝の水音と葉の擦れる音だけだ。

やがて溜息を吐いて、彼は踵を返そうとし、

「……何だ………?」

静かに、前方を眺めた。














タタタタ…………

聞き慣れた小さな足音が、小鳥の囀りや葉の擦れる音に混じって彼の耳に届く。
それは生きる為に彼が身に付けた能力なのだが、机の横に常備された剣を抜く様子はなかった。
同時に書類整理に追われ、気難しげに寄せられていた眉間の皺が、この瞬間に緩くなり、後少しで扉を開くはずだという確信で口元に笑みが浮ぶ。

そして、

ガチャ

扉が開かれた。

少し戸を開けるだけで入って来ないのは、相手なりの邪魔にならない得策なのだろう。

「あにうえ、おしごと、おわったぁ?」

可愛らしい子供の声が彼の背にかけられ、彼は振り返った。

「……後もう少しだ。」
「あのね、ははうえがおちゃにしようって。」
「もうそんな時間か?…分かった、すぐに俺も行く。」
「うんっ!待ってるね!」

また駆け出した足音を聞きながら、彼…アッシュ・フォン・ファブレ子爵は、優しげな笑みを浮かべた。








ショートケーキを食べる時はまず苺から。
紅茶には砂糖たっぷり。

「(ガキの頃の俺だな……)」

微糖めのコーヒーを飲みながら、アッシュは前に座る子供をそう分析していた。

敢えて自分と子供の違いを述べるなら。
公爵家の跡継ぎとしてマナーというマナーを叩き込まれた自分と違って、自由奔放な様子で食べているところ。
勿論、公爵家の人間として恥ずかしくない程度のマナーは教えたのだが、普段のこんな微笑ましい時にそんな注意は必要ない。

「あらあら、クリームが付いてますよ?」

ニコニコ笑いながら母親でもあるシュザンヌ王妹が、彼の口の横に付いたクリームをナプキンで拭いてやる。

「ありがとう!」
「どう致しまして。」

ニコリと笑えば、周りにいたメイドが倒れた。
流石に毎日の行事には関心も湧かなくなったのか、倒れたメイドを気にする様子はない。
もしかしたら寝ていると思っているのかもしれない。

若干色素の落ちた赤毛は、可愛いものマニアのユリアの血族によってヒヨコちゃんヘアーにされ、彼が動く度に可愛らしく揺れている。
そんな彼を見ていたら、ふと澄んだ翡翠色の瞳と目があった。

「どうした?」

1口サイズに分けられたケーキをフォークに刺して、ひょいっとこちらに向けてきた。

「あ〜ん。」
「は?」
「あ〜ん!」

横目で母を見れば、期待したキラキラした瞳が待ち受けていた。

「(ま、マジか!?)」

生憎、彼にはこの状況を抜け出す術は見つからず。

パクリ

律義に食べる事を選択した。

「おいしい?」
「……あぁ。」

嬉しそうな笑顔に近付いてきた執事が倒れた。

「ラムダスぅ、だいじょうぶ?」
「わ、わたくしの事は、お気になさらず……!」
「(前はこんなキャラじゃなかったんだかな………)」

内心溜息ものである。

「っで、何用だ?」
「は!そうでした!ガルディオス伯爵がいらっしゃいました。」
「ガイが?」

アッシュが思いっきり眉を寄せて尋ね返した瞬間。

「ガイ様、華麗に参…ぶふぇっ!?」

声と同時にアッシュの右ストレートが炸裂した。

「ガイ〜だいじょうぶぅ?」
「…あ…ぁ…大丈夫…だ……」

パタッ



きっと彼の事だ、後数分で回復する。















「子供の成長は早いもんだなぁ。」

窓枠に腰掛けたガイがしみじみとそう言った。

「小さな赤ん坊だったのに、もう5歳か。アッシュなんて抱っこするのもビビってたっけ?」
「うるせぇ。」

客人といえ元使用人。
今は書類整理を終わらせるのが先だと判断し、書類整理をしながらアッシュはそう言い返した。
素っ気無い返事に、ガイは苦笑を浮かべる。

「でもなんだかんだ言いながらちゃんと子育てした訳だ。俺はお前が諦めるのを待ってたんだけど。」
「お前みたいな危ねぇ野郎に任せられるか。それにアイツは『弟』だ。」

フンッと鼻を鳴せば更に苦笑を誘ったらしい。

「アッシュがブラコンになるとは想像つかなかったな。」
「お前が言うな、過保護な使用人。」
「あの子が大きくなったら、横からかっさらうつもりなんだ!」
「……出る杭は早めに打とう。」
「わぁ!アッシュ、冗談だって!剣はダメだ!!」
「絶対嫁にはやらん。」
「それ、親父の台詞だし!今さっき弟って言ってたのに、嫁って性別おかしいだろう!?」
「ゲイのくせにつべこべ言うな、3G!」
「ガイだ、ガイ!!」

必死に訂正を求めるガイには目もくれず、アッシュは書類整理を続ける。

「大体何をしに来た?まさかアイツに会いに来ただけだとか言わねぇだろうな?」
「おぉ、よく分かったな!」

ピタリ

書類を捲っていた手が止まる。

「アッシュさ〜ん、殺気を感じま〜す。」
「……マジで斬るぞ?」
「半分冗談だって。」
「……半分?」

そこでようやくアッシュは視線をガイに向けた。
彼は窓の外を楽しげに眺めていた。
大方、庭で遊んでいる子供を目で追っているのだろう。

「……安心した。幸せそうだから。」

ガイは笑みを引っ込めると宝刀を抜刀し、アッシュの首筋にピタリと当てる。

「アイツを泣かせたら、俺はお前を許さない。」

誰が見ても本気だと分かる真面目な表情に、アッシュは柔らかな笑みを浮かべて目を閉じる。

「……ガイ、お前は勘違いをしている。」
「え?」
「俺は…偽善者、なんだ……」

やんわりと指で刀を首筋から外すと、窓辺に立った。

「……ただ、返したいだけなんだ。暖かな居場所、この世界……アイツの…存在。アイツが得た全てを、返したいだけなんだ。」

王家由来の赤毛が風に揺れる。

「あの子を守る事で、懺悔しようとしてるだけだ。」
「……お前も結構卑屈だねぇ。」

呆れた声に振り返り、アッシュは不敵な笑みを浮かべた。

「俺が卑屈だから、アイツも卑屈だったんだ。」
「…そう言われると納得だ。」

刀を鞘に収めながら、ガイはアッシュの隣りに並んだ。

「でもさ、たとえお前にとっては懺悔でも、アイツにすれば望みだったのかもしれない。」
「……望み?」

ガイは頷いたが、それ以上答えず背を向けた。

「じゃ、俺はアイツの再教育に行きますか。」
「何ぃ?」
「だってお前ばっか『兄上〜』とか言われてズルイからさ。俺だって『ガイ兄ちゃ〜ん』とか言われたい!!」
「別に教えた訳じゃねぇ!気付いたらそう呼んでたんだ!!」
「奥様辺りが教え込んだに違いない!!俺だって負けてないぞ!なんたって育ての親だからな!!」
「それは≪前≫の事だろうが!!」
「待ってろ、今すぐ行くぞ!!」
「止めろ、近付くな!!」

ガイとアッシュの追いかけっこに気付いた子供が、仲間に入れてと言い出すのは、後少し。
















月が深い雲に覆われた夜だった。
セレニアの花が咲乱れるタタル渓谷に背を向けた彼に聞こえるのは、近くの滝の水音と葉の擦れる音だけのはずだった。

「……何だ………?」

返しかけた踵を戻して耳を澄せば、

「……赤ん坊………?」

冷たい夜風が赤子の泣き声を連れて来た。
唖然としながらも、どうやら聞き間違いという訳でもないと判断した彼は、泣き声に向かって足を踏み出した。

風が導いてくれる錯覚に陥る。
ゆっくりと慎重に声に近付き、彼は目を瞬いた。

……真白な布に包まれた赤子がいた。
明らかに泣き声はその赤子からなのだが、何故か後1歩が踏み出せない。
光の届かないせいで、赤子の髪の色や瞳の色は判別できないが、心のどこかで期待が生まれた。

同時に、それはありえないという諦めも。

そうこうしていると、

「……あ………」

今まで晴れなかった雲が去り、渓谷一面に月光を降注ぎ始めた。
セレニアの花が淡く輝きを放ち、白い布が一層白く感じられる。
彼は息を飲むと意を決して震える指を伸ばした。
そっと布を剥して、

「…あぁ……」

そう呟く。

冷たい夜風が、赤子の赤毛を揺らしていた。
月光を浴びた翡翠色の瞳が、彼を捉えていた。

震える指先で頬を撫でれば、泣いていたのが嘘のように赤子は笑う。
そして小さな手がしっかり彼の指を握り返した。
衝動的に彼は赤子を抱き上げると、優しく抱き締めた。

「…今まで…どこいってやがった……?」

赤子の鼓動がどこまでも愛しい。
触れる温もりがどこまでも心地よい。

冷たいのに優しく感じる夜風と、赤子の体温を感じながら。

「お帰り……聖なる焔…………」


彼は静かに、赤子の耳元で囁いた。









≪あとがき≫

5月の陽気にすっかりやられたもこです。
今回は「お兄ちゃん的アッシュさんが書きたい!!」で、こうなりました。
決してルー君に「あにうえ〜」っと言って欲しいが為ではありません(笑)

もこ的には「song by ……」シリーズでお送り予定です。
1話を同じ曲のみ聞いて作るという作業なんですか、段々病んできます(笑)
病んだときがシリアスチックな部分です(笑)

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