小説 9 「なんだコレ…」 ゴトゴトと揺れる馬車の中、レオンの膝に座りスケッチブックに描かれたいびつな絵…ともいえぬ形を書くルイにロッドは声をもらした。 「これはイヌでとなりはヤギ。後はウマ…」 指を差しながら説明するルイからスケッチブックを取り上げたロッドは 「あははッ。へったくそ〜」 とスケッチブックを馬車にのるビル、ジャック、ジムに見せた。その瞬間にレオンはルイに見えないようにロッドの足をつねった「痛ってッ」と前屈みになるロッドからスケッチブックを取り戻した。 3人は苦笑し「上手だねルイ」等、順々に頭を撫で褒めた。レオンはそれに満足し 「ルイ、ロッドは見る目がないんだよ。みんなは褒めてくれてるだろ?可愛い犬だ」 と一つの形を指差した。 「…それは馬らしいですよ」 ボソッとジムはレオンに耳打ちし呟いた。 皆、ルイに注目する……スケッチブックを抱き口を尖らせ拗ねている表情を見せたが 「犬はこう書くんだよ」 とロッドはスラスラと絵を描き始めた。 ルイはレオンの膝の上から降りて、ロッドの隣に座りながら真剣に描かれていく絵を眺めはじめた。 「犬も色んなのがいるんだぞッ。ビション・フリーゼとかパピヨン、マルチーズ…」 白い紙に描かれてゆく絵をルイは笑顔になり時々、ロッドに話かけながら見ていた。 静かな車内にロッドの元気な声とルイの笑い声だけが心地好く響いた。 裁判が始まり、数日が過ぎた。 相変わらず、態度をかえず罪の意識を持っていないのだと知らされるロベスの裁判だった。毎日続く長く過酷な裁判だったがジムとビルも証言をし一仕事を終えていた。 今日はレオンとロッドが証言をする日…アンリについて。 ロッドはそんな大事な日だったが、朝から毎日と変わらずおどけてはしゃぐ。 レオンは何故かそれを安心していた。 そして裁判所につく。 「なぁ…ルイ。今日は大事な日なんだ。ジャックの言う事を聞きお利口にしておくんだよ」 レオンは裁判中、ルイをジャックに任せる事にしていた。 最近、ずっと一緒にいるので顔見知りにはなっていたが、ルイは不安な表情を隠せないでいた。 けれど、レオンの言う事を聞きうなづく。 少し離れてロッドはそれを見ていたが、近寄りルイの前にしゃがみ込む。 「じゃあ、ルイには俺の恋人をよろしくするよ」 いつも首にかけている大切なカメラをルイに渡す。ルイは無言でそれを受け取り、胸に抱いた。 「俺が帰るまで守るんだよっ」 首にかけるのを手伝ってやりルイの胸にはカメラがかけられた。 ピカピカに輝るカメラを嬉しそうに触り自慢げに笑うルイ。 「はい」 人間は守るモノがあれば強くなれるロッドはそれを知っていた。 「次の証言を始めます。証言人は前へ」 裁判官に名前を呼ばれたレオンとロッドは証言席へと立った。 何年にも及んだ辛い生活…アンリへの復讐が始まる。 数日続いた裁判にロベスも疲れた表情を見せ始めていた。 白い肌に目の下にはクマができていた。裁判の途中に「疲れた」と座り込んだり、アクビをしたりと、ふてぶてしい態度は変わらないが… だが、ロベスは証言席に立ったレオンを見ると表情を一変させ嬉々と上から狡猾な笑みを向けてクスクスと笑いだした。 そして両手を上にかかげて拘束されたぶ厚い手錠を見せた。 「逆の立場になったみたいだよ…嬉しいんだろ?」 ブラブラと手首を揺らし挑発する。裁判官はロベスを叱るが、ロベスは何が可笑しいのか笑っている。 レオンは気にしまいとロッドと二人で証言をしてゆく… アンリとの出会い、アンリが受けた苦しみ。そして最愛な家族を失った悲しみを裁判官や傍聴人に訴えた。 「…もう何をしたって大切な人は戻りません。アンリは優しい人間でしたからきっと生きてる俺達が刑をかせる為に…復讐に頑張ってるのなんて怒ると思います…。けれど、私達が生きる為には…加害者に罰を与え、そして罪の意識を持ち次に再び同じ人間を出さない事…それが残された使命だと思ってます。どうか、適切な判決をお願いします」 ロッドは普段の顔から予想も出来ない大人びた口調と表情で淡々と裁判官に語り証言を締めくくった。 裁判官も深くうなづき聴き入っていたが次にロベスの方を向き 「被告、この証言は事実ですか?」 と毎度、同様の質問を繰り返した。 レオン達はロベスを睨みつけるが、男は面倒臭そうに「ああ。あったかもしれないね」と言葉を投げ捨てた。空かさず裁判官は「事実という事…ですね?」と質問した。 「だから、いちいち覚えてないって言っているだけだ。余程、好みで気に入ったか…そうだな抱き心地が良かったとかさ。コイツとかが例かな…」 ロベスは苛立ち早口で答えてたが、レオンを指差しケラケラと笑い独りで語りだした。 「何人も好きなだけ抱いてきたけれどコイツは良かったよ。こんな顔してるけれど…」 ロベスの語る卑猥な言葉の羅列に辺りは騒がしくなり裁判官は静粛にと止める。 だが、レオンにはその騒がしくなった法廷の音など気にならなかった。 ――怒りで頭が真っ白になる。 「…返せよ」 一人の男の叫び声にレオンは、はッと我を取り戻す。 隣に立つロッドは自分と負けず劣らず怒りに満ちた顔をし、震え手を握りしめる。 「アンリを…俺の大事な兄ちゃんを返せ。じゃなきゃ、お前が死んで詫びろっ」 ロッドは暴言を叫び続けた。 裁判官に注意を受けても止まらぬロッドにレオンは「やめろ」と止めたが怒りが収まらぬロッドの周りには軍服を着た男達が囲い強制的に退場させようと腕を掴む。 「離せよッ。頼むからまだ喋らせてくれよッッ。コイツを殺させてくれっ」 もう自分で訳がわからなくなっているのかロッドは暴れて軍服の男を振り払う。一層、騒がしくなる法廷で心配そうにレオンはそれを見ていたが視線を感じその先を見る。 笑っていたロベスだったが何かを考えている様だった…そして「ああ」と声を出しまた笑いだす。 「アンリ…思いだしたよ。顔は薄くしか覚えてはいないが…確か綺麗な茶色の瞳をした線の細い修道院育ちのガキが居たな」 ロベスはそう言うと続けた。 「そうだ…あれがお前達の言っている人間だと思うよ。対して容姿もよくないし、病気持ちの汚らしいガキだったけど…セックスだけは上手だったからね。だからさ…別に良かったんじゃない?」 ロッド動きは止まりロベスの方へ振り向く… 「良かっ…た?」 呟いた言葉が聞こえたのかは解らないが 「汚らわしかったが…味見をしようと一度抱いてみたら結構良くってね。いい腰つきしてて…アレも締まっててさ。すぐ抱き飽きたから売り払ったけれど。そこでも人気ものだったみたいだよ?病気で長くないだっただろうしさ本人も満更でもなかったみたいで…」 ロベスがそこまで言った所でロッドはまた暴れだした。 ロベスはそれを見て高笑いをし、裁判官に命じられ退場させられる…今日の法廷は続けられないと。 レオンは怒りを堪えたが、軍服の男達から叫ぶロッドを奪い肩を抱き法廷を後にした……。 個室に案内…というより無理矢理に部屋へ押し込まれたロッドの後にレオンだけではなく、ジャック達4人はかけつけた。 なおも暴れるロッドに軍服の男達はレオンに「落ち着いて頂きますので」と医者を呼び首で合図をした。医者は注射器を取りロッドの腕まで近づける。 「離せっ。裁判なんてまどろっこしい事しなくてもアイツをッ…レオン、レオン助けてくれ」 ロッドはレオンの顔を見て叫ぶが目を逸らさず見据える。 そして注射器の中に入った液体がロッドの身体の中に入れられた……。 静かになった男をソファーに寝かしたレオンは隣に座る。 「びっくりしたな。ロッドさんがあんな風に取り乱すなんて…」 ジムは静かな一室でそう沈黙を破った。 「まあ、仕方ない…いつも元気なヤツだが加害者の態度に腹を立て…」 ビルも同意し皆が話始めた時レオンがやっと口を開いた。 「ロッドは人一倍、甘えん坊さんだからね」 レオンには似合わぬ言葉にまた皆首をかしげた。 「アンリが生前ずっと俺に言っていたよ。ロッドは甘えん坊だって。だからいつもはしゃぎ、周りを笑せ賑やかにしようとしているってさ…本当は怖がりで寂しがりやでってね」 レオンはロッドに自分の着ていたジャケットをかけた。 「レオンはそんなロッドの弱い所を解ってあげて…アンリはそう言ってやがった。孤児院の皆に遠慮してたが隠れて兄ちゃんって慕ってたんだ。一番の理解者をなくしてロッドは苦しんでも周りを明るくさせようと無理して笑ってたよ…」 レオンは微笑みロッドを見つめる。 「後は任せろ」 鋭い眼差しを向けて決意をあらたにレオンは法廷の方角を睨みつけた。 目が覚めたロッドを3人に託し、ルイを連れ病院に戻ったレオン。 ソファーに仰向けになり腕で顔をふせて疲れを癒していた…ロッドだけではなくロベスの態度に対しその場で叩きのめしたいと感情が蘇る。 ただ、目を覚ましたロッドが 「大切な裁判をダメにしてしまったよ…レオンごめんな。皆悪かった」 と力なく笑う姿を思い出す。 感情に支配されてはとレオンは心に誓う。 明日はいよいよ屋敷で受けた性犯罪について語る、ルイが証言する日だ。 ロッドのようにルイも…と考えると心苦しいが。 ベッドに寝転ぶルイは「わん、わん」と犬の鳴き声をし本を読んでいた。 「何を見てるんだ」 レオンが覗くとルイは犬の図鑑を見ていた。 そして 「これがパピヨン。マルチーズ後はビションフ…何とか」 と的確に犬の名前を当てていく。字は読めないと思っていたが…レオンはハッとしスケッチブックを開く。朝、ロッドが書いてやった絵を見る。ルイの記憶力もすごいが…ロッドの描いた可愛いらしい犬の絵に何か癒された。 「…わんわん、わんっ。イヌ、見せてくれるってカメラで一緒にとってくれるって。約束したの」 ルイはニコっと笑ってレオンに言った。 「ロッドと?」 「だからルイもがんばるんだよーって言ってました」 ルイはまた楽しそうに図鑑を眺めだした。 レオンは気がつかないでいたが、知らぬ間にロッドの真っすぐな性格がルイの心を動かしていた。 数時間前に目を醒ましたロッドに恐る恐るカメラを手渡したルイを思い出す。大事なカメラを守りぬいたルイ… 「楽しみだね」 レオンが言うとルイは「はい」とうなづき胸に顔を寄せ目をつむった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |