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小説



夜が明け光で目が醒めた要は外を見る。雨は上がり昨日が嘘みたいに晴れていた。
汚れた身体を洗い、奏の部屋まで向かう。

「奏、俺だよ。入っていい?」

ドア越しに声をかけるが返事はない。心配になった要はドアを開けた。

机についていた奏は、いつもの笑顔で笑った。
腫れて赤くなっている顔が痛々しいが…

「目…醒めたんですね。おはようございます」

「ごめんね奏」

奏に抱き着き髪を撫でた。

「お前に嫌なモノを見せたね…あんな事忘れて」

目頭が熱くなったが、子供の前で泣かまいとする。

「要さん…僕は大丈夫です。要さんのお体の方が心配です」

手を振りほどき奏は要の両方を握り、目を見る。
幼い顔の奏だが表情から大人を感じさせた。

そんな時、部屋をノックをする音が聞かれドアが開けられた。
使用人が立っていた。

「要さま…ご主人がお呼びになってます」

使用人は尚樹が車の中で待っているとの事を伝えた。車庫でスーツを着て待っている…今は仕事に行っている時間だがと要は不思議に思う。それに昨日の夜の出来事で尚樹に対し嫌悪感が更に増していた。

「早く来い」

車に乗るように促され険しい顔をし助手席に腰をかけた。
運転席に乗った尚樹はエンジンをかけアクセルを踏んだ。

「これから病院に行く…お前の父親が危篤だそうだ」

尚樹は事もなさげに要に言った。

「父さんが…?」

要はその言葉を上手く自分のものに出来ず、ただ車の窓から流れる景色を見つめ頭を白くさせる。





病院についた要達は部屋に案内された。
部屋の中には横になり動かなくなった父親がいた。


テレビで見るワンシーンのようで自分が今見ている風景でないような気はするが…近い過去に母親が亡くなっていた事でそれは夢でないと要には解った。


「疲れたね…父さん。もう…ゆっくり休んで」

顔を見つめ要は父親に別れを告げた。




その後、色々と忙しくなり悲しむ間もなく要は尚樹の言われるがまま、葬式などの手続きをして慌ただしく過ごした。
考える間など与えなければ人間は感情を無くすのだ。それは自分を守る為なのかもしれない…感情など苦痛にしかない時もあるのだから。

父親を母親と同じ所へ眠らせた事で要は安心する事ができた。




屋敷に戻り、自分の部屋に戻る。忙しかった2、3日のせいで何日も帰ってなかった気がする…ただ落ち着いた事である考えが浮かんだ。


――もう尚樹の言いなりになる事はないんだ…と

身体は勝手に動き荷物をかき集める。行く宛なんかない…だけど、こんな所なんか居たくない。
衝動的に部屋を飛び出ると何かにぶつかり、ソレが床に飛ぶ。

「か…なで?」

床にうずくまっていた奏だったが状態を起こし、悲しそうな顔で見る。
その手をまた何も考えないまま引き寄せ一緒に走る。

「早くッ、奏。一緒に…」

玄関まで来た所にソコへ男が立っている事に気がつく。

「奏を連れて何処へ逃げる気だ?」

冷たい尚樹の声に要は奏を抱え守る。

「…もう、尚樹の言いなりにならない…奏も一緒に家を出るんだ」

「お前は本当に頭が悪いよ。俺からは逃げられないって早く理解したら?」

震えながらも睨みつけるが尚樹に首で合図されて使用人達が要に近づき二人を引き離し、無駄だとわかりながらも抵抗するが尚樹の部屋に戻された。
引きずられながらも、要は奏を見る。こちらを見ず、ただ俯く姿を…





「要はいくつになっても単純で可愛いな…行動が丸わかりだ。」

尚樹の部屋のベッドに投げつけられ。睨みながら端に寄る要を鼻で笑いながらも煙草をふかす尚樹。

「どうせ逃げると思ってたよ…父親が死んだらね。それに奏を連れて逃げようとするのもさ」

ケラケラと笑う尚樹だが要は奏の名前を出された事で顔を強張らせる。

「あの老いぼれが早く、くたばるのは解ってたし…情が深いお前だ。奏をほっておけないのは解っていた。だから、お前の次の弱みになるんだよ奏はね」

近寄り乱暴にキスされた要。口に煙草の煙が入りむせる…だが、すぐまた口を塞がれた。

「ッ…。どういう意味だよ?」

咳をしながらも要は言葉を返した。


「お前が次に逃げたら奏がどうしょうかな…そろそろ身体も大人になってきたし…お前の変わりにしてやっても…」

卑しい発言にとっさに手が出たが、その手は尚樹に止められベッドに抑えつけられる。

「一緒に逃げたって見つけたら酷い目に合わせてやるからね。それ位の力があるのはお前は知ってるだろうし」



心から嫌悪した。
触られるのも嫌だと。
だけど…その時に奏の顔が浮かんだ。短い間だけれど心の支えになっていた、懸命に自分の事を考えてくれ守ろうとした小さな身体だが大きな存在を…。


「別に簡単な事だ。大した事じゃないだろ?気持ちいい事だしさ…俺の事を好きになればいいんだよ…」


白い頭には冷たい低い声が催眠の様に男が残る。
周りの景色は見えなくなり声だけが自分のものとなる。



――なんだ、簡単な事じゃないか…

何に納得させられたのかは解らない。
いや、無理に納得したかったんだ…と要は思う。


「いいよ…もう尚樹の好きにして。早く、いつもの様に気持ちよくしてよ」


理性なんか無くなれば身体は正直に受け入れる。
要は人形の様に扱われても気持ちよさだけを感じるように心を追わせる。自分が人間だと忘れる為に理性のない声を出す…


「よかったよ…安心しなよ約束は守るから」


父親ではなく奏を守る為になった約束…
だけど今の要には約束が何かも忘れてしまう程放心状態だ。


「うん…尚樹の言う事は何でも聞くから」

抱かれた身体を擦り寄せる。故意にではなく自然と…昔していたように。
素直な要に気をよくした尚樹は髪を撫で抱きしめる。



部屋を出た要は自分の部屋の前で奏が座ってる事に気がついた。いつから居たのか、丸まり寝ている。

「風邪ひくよ」

要は奏を揺らし起こした。

「要さん…」

目を擦り何かを言いたそうに見上げる小さな子供を要は抱き上げ、部屋へ招き入れた。
そして、ベッドの上へと座らせ髪を撫でる。

「出ていかないの?」

急な言葉に撫でる手を止めるが

「行かないよ。奏とずっと一緒にいるから」

と要は奏をまた撫でた。

「どうして?パパのに酷い事されるのに…さっきは出て行こうとしてたのに?何があったの?」

見つめ質問ばかりしている奏の答えには答えずただ微笑み撫でる。

「ねえ、僕のせい?だから出ていけないの?」

必死に声をかけるが表情をかえない要。
だが…


「本当に産まれてこなければよかったんだ…すべて壊れてゆくんだ。疫病神だよ」


奏の口からは聞いた事のない低い声と大人びた表情でその言葉がつづられた。

「なんでそんな事を」

要は手を止める。

「消えてしまえばいいのに…どうして産まれてきたんだか」


言葉をつぶやく奏は尚樹そのものだった。
親子だから顔は似ているとは解ってはいたが、まったく、性格や姿が違う子供の奏。その変わった姿に恐怖感を覚えた要だった。
しかし、奏の目からは涙が流れていた。


「どうして…僕なんて…みんなに酷い事して…ッ。ごめん…なさい」


要は理解した。それは尚樹からずっと言われてきた言葉で奏が言われ続けられすり込まれた言葉だと。涙はどこかで否定したい気持ちの表れだと…
泣きじゃくる子供を抱き寄せ撫でる。

「違う…奏はいい子だよ。大丈夫だから、もう泣かないで。ずっと一緒にいるから」

奏は大きな声で泣き要に求める。
泣きつかれたのか、啜り泣く奏はかすれた声でまた聞く。

「ねえ、僕のせいで出ていけないなら…うッ…やだよ?僕なんかどうなっても」

「違うよ。俺は尚樹が好きなんだ…だからだよ」

「…ッく。嘘だよぅ…」

「本当だよ…奏」

奏が信じてくれたのかは解らないが黙り眠りだした事に少し要は安心した。



何が正しいのか解らない。
相手にとって本当の望みは裏を返せばそれは幸せなのか…だけど幸せなんか自分の思いかたであって嘘で固めれば本当になるのかもしれないと。


ひとつだけ、この小さな身体の温かさは無くしてはいけないものだと要は強く思った。




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あきゅろす。
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