小説
文弥Side…4
寒い…
俺は無意識に布団を手繰りよせ被る。裸で寝ている為、全身で柔らかい絹の肌触りを感じられて、気持ちいい。
今、何時だろうか…。手探りで時計を探す。もう昼前じゃないか…よく寝たな。
目を開けあたりを見渡す。眼鏡をかけてない為、ぼやけてしか見えないが目の前の机で誰かが何かをしている。
…まあ誰かって一人しか考えられないんだけど。
俺の部屋に来てる人間なんて。
「優太、寒いからクーラー止めて」
俺は頭まで布団を被り、見えぬ相手に声をかけた。
「おはよ。文弥」
エアコンを止める音がした。
眼鏡をかけ優太を見るとヤツは机に鏡を置き、にらめっこしながら髪をセットしている。
少しの間、それを見ていたが急にふり返った優太は
「なあ、日曜だし出かけようぜ。遠くに行ったら誰にも会わないだろうしさ…文弥の誕生日もうすぐだし、何か買いに行こ」
って俺に話かけてきた。
誕生日か…祝ってもらった事ないから本気で忘れてた。
「…別に欲しいモノなんてないよ」
寒さも慣れ服を着ながら言うと
「金ねぇけど、気持ちだけなら何かやるからさ」
とまた髪を整える優太。
「気持ちなら、優太がいるだけで充分だから」
服を着た俺は優太の隣に座り、飲みかけのペットボトルの水を飲み答えるがヤツは、「またそんな事言って…」という顔で真剣に捉えてない様子。
半分以上は本気で言ったんだけどな。
近くによると整髪料のいい香りがする。
コイツが普段使ってる香水と同系統の製品なんだろうな。香水と香りが混ざっても不快ではなくむしろ、いい香りがする。
人工的に塗られた金色の髪がセットされデザインされていた。
「上手いな。髪を整えるの」
俺はその髪に触る。
窓ガラスの向こうに見える青色の空と合わさる。
細い毛だから糸のようだ。
褒めた事に気を良くしたのか優太は俺の背後に周り同じ様にセットしだした。
髪の量や色、毛質が違うから全く同じにはならないが、自分の髪から優太の香りがし心地好い。
鏡の前にはいつも見ている俺じゃなく、キレイにセットされた俺がいた。
「よし、とりあえず出かけよ。その前に俺ん家に一回、寄ってくれない?」
家の前までは行った事はあった。俺の家から歩いても苦ではない距離にある。
前から優太が生活する家に興味があった、ただ機会がなく入った事はない。外をみると青空と雲が高く暑いそうだ。
まあ、たまには出るかと俺達は家を出た。
二人で歩いて優太の家まで行く。
家の目の前には数人の子供が遊んでいた。水鉄砲で撃ち合い、大笑いしている。
「ゆーた。お帰り」
その中の坊主頭の一人が近寄ってきた。
「お前ら、うるせぇから家の前で遊ぶなよ」
優太は汚い口調ながらも坊主頭を強く撫でている。
「一番下の弟だよ。でアレが次男と、次男の友達ら」
優太は指を差し俺に教える。兄弟が多いとは聞いていたが、初対面だ。
じゃあなっと、一番下の弟はまた輪の中へ帰っていった。
古い一軒家の中に入ると玄関の中にはいろいろな靴が散らばり、鞄やヘルメットなどのモノが置かれ、家族が多い事が解った。
玄関の目の前の階段を登ろうとした時に、台所らしき所から女が顔を覗かせ声をかけてきた。
「ゆうた、お帰り。母ちゃんも仕事だから、適当に飯食えってさ…って友達?」
前髪ゴムでとめて、学校の紋章をつけたジャージを来て片手にはゲームを持っている。
「ああ、解った。姉貴、文弥ってゆうのコイツ」
俺はお辞儀をし挨拶をすると、優太の姉らしき女は「こんにちは」と元気に挨拶すると引っ込んでいった。
階段を登りきり奥の部屋に入る。
部屋の中は優太の匂いがした。
服が散らばり、香水の瓶やらが飾られた部屋には自分より年下だろう女の子が寝転んでマンガを読んでいた。
「帰ったんだ。お帰りゆーた。お友達?」
マンガをたたみ、ふり返る。
俺はまた挨拶をする。
「お前、また勝手に入ったな。子供部屋に行けよ」
優太は、ため息をつきながらも
「で、これが妹な」
と笑い俺を部屋に座らせた。
その時、姉と教えられた女がジュースの瓶を持って入ってきた。
「はい、どーぞ。ゆーたの友達にしては真面目そだね」
と笑い話かけてきた。
明るい対応に慣れてない俺はどう答えていいのか解らず笑い愛想をふった。
「ウチも思った。ゆーたとは違い、黒い髪で真面目そうでカッコいいしさ」
あははっと女同士で笑いあってる。
優太はうるせぇなといいつつ、楽しそうだ。
すぐ、2人は出てゆき俺達は二人きりになる。
「家族、何人いるの?」
瓶のままのジュースを飲みながら優太に話かける。
「兄弟はさっき会わせたので全部だよ。後、仕事に行ってるケド親な。姉と妹1人と弟2人で5人兄弟」
何かを探しながら、優太は答えた。
「へぇ…じゃあ優太が長男か」
「ごめんな、騒がしかっただろ?兄弟みんなバカばっかりだから」
いや…みんな優太みたいに明るく楽しい人達だと思った。こんな家庭で育ったから、優太みたいなアホだけど気のいいヤツになるのだろうと確信できたくらい。
あんな風にお帰りなんて言われるの、俺の家庭ではなかなか無い事だ。
「あった」
封筒を見つけた優太は中に入っていた。数枚の千円札を出し、財布にしまう。
「で、何が欲しいか少しは考えてくれた?」
座る俺に話かける。
欲しいモノ…なんだろう。考えれば考えるほど解らない。
正直、欲しい物は親にでも頼めば自分で手に入れる。
ただ最近、本当に欲しい物を手に入れられた気がするんだ。
部屋を見渡した俺は香水の瓶を見つける。いつもコイツがつけてる香水。
立ちあがり、手に取り眺めた。
「じゃあ、コレ」
優太の顔を見ると、俺の家で優太がいれば…と俺が言った時と同じ顔をしている。
でも、本心なんだから仕方ない。
「コレと同じのが欲しい」
俺の気持ちが解ってくれたのか、解らなかったのかは知らないが、優太は「行こう」と手をひいた。
二人して家を出る時、また優太の家族に見送られ俺達は買い物にでかけた。
香水の瓶を渡された俺は一人で自宅に戻る。
本当は返したくなかった。
ただ、あの心地好い「お帰り」と言ってもらえるいい家族に優太を帰らせなければいけないと胸が痛くなったんだ。
大丈夫。優太からプレゼントされたコレがあれば今日は一人で寝られそうな気がするから。
まったく毛質の違う自分の髪を触りながら。
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