小説 6 意外と『その時』は早くきた。きっと迎えるべきものだったのだろう。 休日の天気の良い日。 レオンとルイはせせらぐ河原の土手を歩いていた。休みの日ともあり、家族でハイキングを楽しむ人達を多く見かける。 ただ今日の目的はそれではなく、ある場所に向かっていた。 「お久しぶりですね!お元気でしたか?」 花が咲く中庭にて待ち合わせをしていた白衣を着た医師に歓迎された。 「こんにちはトゥーレ先生」 医師と同じように喜ぶ顔をしルイは挨拶をした。 髪をくしゃくしゃと撫でながらレオンも 「おかげさまで…見ての通りです」 と言った。 そして3人は互いに近況を報告し合いながら診察室に向かう。 「本当に久しぶりにですね。気になってはいたんですが中々時間がなくて連絡もできませんで…」 トゥーレ医師そういいながら椅子に座るとレオンにコーヒーを差し出した。 「いえ、こちらこそ。ルイの事を報告しなければと思いつつ中々…」 レオンは頭を下げコーヒーを飲むと、ルイにも出された紅茶を「頂きなさい」と小声でいい促した。 退院して一ヶ月後の検診を終えて、今日が久しぶりの再会であった。 「……じゃあ、今日はルイ君の目を受診する為に?」 「はい。最近、遠くを見る時に目を細めるんです。それが少し気になって…」 レオンは近頃、ルイがやけに目を細め遠くを見る癖や本を近くで見る事を気にしていた。そのために挨拶がてらトゥーレ医師を尋ねてきたのだ。 「じゃあ少し見てみようか…」 トゥーレ医師に言われルイは大人しく従う。当たり前といえばそうなのだろうが…前までは何でもない事に騒ぎ怖がっていたルイがこんなにしっかりした事にトゥーレ医師は驚く。 「少し視力が落ちているみたいだね…まだ眼鏡は大丈夫かな。勉強の合間には遠くの緑を見たりして目を休めたり、暗い場所で本を読んだりしない様に気をつけて下さい」 トゥーレ医師はルイにそう伝えた。「ありがとうございました」とルイは深々と頭を下げる。 そしてすぐ 「レオンっ!!行ってきてもいい?」 と話かけた。 レオンはそれにうなづくと、ルイはトゥーレ医師に挨拶をし診察室を出ていった。 「そうですか…友達と図書館に行くんですか」 ルイが出ていった後、レオンは近況を報告する。学校に楽しく通っている事、友達も出来た事、勉強もしっかりと頑張っていると嬉しい報告ばかりだ。 時折、前の大変だった出来事を思いだしつつ二人は成長を喜び労いあった。 一方、ルイはマチューと待ち合わせをした図書館に着いた。 国が管理する、この図書館は大きなものだった。 蔵書の棚の迷路を潜りマチューを探すルイ。 物語や絵本が置かれた棚をすり抜けて、ノンフィクションが並ぶ棚に通りかかるとマチューを見つける。 何時になく真剣な顔で本を読むマチューの背後にルイは回った。 「お待たせしました」 悪気はなく、真剣に読むマチューの邪魔をしまいと静かに声をかけたルイ。ただそれは逆効果でマチューは「うわっ」と声を出して本を落とした。 首を傾げてルイは落とした本を拾う……。 見なかったら良かったのだがすぐ題名が目に入った。 『悪魔の館〜ロベス・ヴィルトールが行った全て〜』 ――と書かれた本を。 自分の事も書かれているとすぐルイは思った。 マチューはすぐルイから本を奪って顔を見る。 互いに目頭をさげ俯いたが 「ごめん…」 とマチューは謝る。 言葉なくとも二人は自然と歩きだして外に出た。 気を知らず、青空と笑い声が響く図書館のエントランスに座った。 「マチューが僕の事…知ってるんじゃないかって解ってたよ」 口を開かないマチューをよそにルイは、はにかみ笑顔で話はじめた。 「だって、不思議なくらいにマチューは僕の昔を聞かないし…気をつかってくれるし…」 マチューは黙りただルイの話を聞いて首を振っていた。 「だから…ありがとうっマチュー。嫌な目で見る人だっているのに、いつも優しくしてくれて」 満面の笑みで感謝を述べるルイだったが、内心はドキドキとしていた。言葉を返してこないマチューが何を考えているのかを。 レオンに相談をして心の準備は出来ていたが…。 「…ルイが転校してくる前から知ってたんだ」 マチューはやっと重い口を開いた。今度はルイが黙って聞く。 「オレの家は飲み屋だから色んな情報が入ってさ…その子が近所の記者の家に住んでるって事を聞いて…そしてウチの学校に来るって事も…知ってて」 マチューの目はだんだんと赤くなり、鼻をならし始める。 「だけどね、聞いてよルイ。オレはルイの昔なんて関係がないよ。ルイがイイヤツだから仲良くしたいって思っただけで…今日、あの本を読んでいたのはただルイが時々、寂しい顔をしてるから…オレに何か出来たらって思って…ごめん、本当にごめんっ」 頭を下げるマチュー。 ルイは正面から両肩に手を起き「ありがとう」と笑う。 全て知っていながらも偏見など持たず受け入れてくれたマチューに改めてて感謝するルイ。 心の中でルイはレオンに言った。 ――もう大丈夫だよレオン。 と。 少し、言葉少なく話した後、何となく恥ずかしさを覚えたルイは「帰るね」とマチューに手を振った。しかしマチューはルイの手を引いた。 「ねぇルイ…オレの話も聞いてくれる?きっといつかは耳に入るだろうから…」 引かれるがまま、ルイはマチューの後についていった。 見慣れた街の商店街をルイ達は歩く。何処に行くのかと少し不安になりながらもルイはついて行った。 「ここがオレの家だよ」 しばらく歩き街の中心に位置する繁華街の店をマチューは指さした。 チカチカする看板は照明で酒の絵が書かれている。 そして店先には酔っ払った男達が従業員らしきボディラインを強調したドレスを着る女に絡みながら酒を飲んでいる。 マチューは目を逸らしながらルイの手を引き、路地へと案内した。 途中、女達から「お帰りなさい」と声をかけられながらも無視しつつ…。 店の従業員通路を抜けて奥の部屋へとルイは通された。 小さな四畳半ほどの部屋…マチューからは自分の部屋だと聞かされた。 置かれたソファーに二人して腰掛けてマチューは言った。 「オレの父ちゃん…ここの店長なんだ。飲み屋っていうケド…本当は男に女を抱かせる…売春酒場ってヤツ…」 暗い顔をしながらマチューはまた続けた。 言葉の意味は理解しにくかったがルイは雰囲気から此処がどんな場所か感じとりながら。 「…オヤジがこんな商売をしてるからってオレには関係ないし…それに育ててくれてるのに感謝してる。ただね世間の人達は違ったんだ…」 マチューはゆっくりと語った。今の学校に行く前は違う学校に行っておりそこで受けた偏見からくる自分へのイジメを。 自分が何もしなくとも、親のしている商売で遊んではいけないと大人に窘められ離れていった友達の話を。 「短い付き合いだけど、ルイはそんなヤツじゃないって解ってた。だけど不安になって…」 マチューもルイと同じく悩みを抱えていた。お互いに知らなくても良かった。ただ、自分の口から言わずともいつかは入るだろうという話を知られて嫌われるのではないかという恐怖を拭いたかったのだ。 ルイの答えは出ている。 マチューが言ってくれたように自分も言った。 そんなの関係ないと。 その言葉でやっとマチューはやっと笑顔を見せた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |