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水底に灯る火
融解

 グレビスの屋敷に泊まるよう告げられたのは、王と共に出かけた庭園での話だった。
 午前は公務を、昼食は家臣と、午後からは地方と他国の使者との謁見、めまぐるしい王の日程の中で、庭園での休息が加えられたのはアウディが外に出られるよう配慮したからだ。
 王の許しがある者以外は立ち入ることすら出来ない庭園。アウディが許可された場所は、公には死んだ身である彼でも外を歩くことが出来る限られた場所である。昼食の後、王はその庭園に向かう。宮殿内にあるとはいえ、距離があるので移動は馬車だ。そこにアウディも乗り込み、日に一回太陽の光を浴びることが出来る。
 日光はアウディの鬱々とした気持ちをやわらげてくれた。寝るだけだった生活から、外での散歩や剣の稽古が加わり、以前より健康的になった。
 そうした変化はアウディにも好ましいものである。
「グレビスに話は通してある。数日ほど滞在するといい」
「……ですが、外の者に私が見つかっては」
「そのことは問題ない。移動はカルデに任せよう。デミトリがグレビスの屋敷に泊まることになっている」
 王の言葉が意図するのは、デミトリとの面会が許されたということだ。アウディの表情が一気に輝く。
 同じ母から生まれた、たった一人の弟と会うことが出来る。自分の存在を教えることが出来る。
「ゆくゆくは王宮からグレビスの屋敷に移動することになる。デミトリも事情を知らねばならぬ。グレビスはそなたとは付き合いがあるので、任せるには適任だ」
 デミトリと会えるということにアウディは喜んだ。
「そなたが窮屈な生活を続けるのも、もう暫くの辛抱だ」
 励ましの言葉は、何故か寂しく聞こえた。それはアウディが感じているからだろう。
 現に今の生活に慣れてきて、王の云う窮屈な面を除けば至れり尽くせりの環境にあるのだ。かなり配慮してもらっている。そうアウディも自覚していた。
 以前なら、王の言葉でさえ、恐縮してまともに聞き入れては居なかっただろう。その向こうに意図したものがあるのではと、何一つ信じられずに居た。
(腹を据えて見ると、随分と受容できるんだな…。)
 アウディに選択肢は無い。そして生きる方法を与えられているなら、それに従えば良いのだ。疑っても仕方が無い。なぜならアウディの生殺与奪を握っているのは王だ。
 今更、警戒しても仮にアウディが始末されると決まった際に、逃げ延びることが出来るだろうか。いいや、出来るはずがない。
 アウディは無力だ。無力な雛を養ってやる親鳥が現れただけの話なんだ。
 そうアウディは自分に言い聞かせた。そして現在の境遇を受け入れた。

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あきゅろす。
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