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水底に灯る火
H
「きれいな手なのに、勿体無い」
(――「きれい」だなんて何考えてるんだ)
 口を出た言葉に、頭の中で反論する。
 今は、アウディ一人では抱えきれない王をどうやってベッドに運ぶか、それとどうして自分が寝巻に着替えてベッドに寝かされていたのか。
 それを考えるべきだ。
 王を起こさないように、そっと注意しながら、ベルを鳴らす。
「王をベッドに。起こさないように注意してくれ」
 部屋に入ってきたカルデは、にこやかな笑顔を浮べた。そして若い侍従二人を呼んで、アウディが寝ていたベッドに王を移動する。
「アウディ様のベッドでかまいませんでしょうか?」
「ああ、王の寝室まで距離があるしね。ここで十分だよ。それより着替えたい。部屋着を頼む」
「隣の部屋に出しておきましょう」
 王を一人部屋に残して、アウディは服を着替えた。
 カルデから、自分たちが庭から戻った後に王の一行が後宮に慌しくやって来たのだと聞いた。
「大変だったろう」
「ええ、明日お戻りになる予定でしたから、私共も焦りました。
どうやら陛下のみが戻られたようで、他の方々は予定通り明日に帰ってこられるとのことです」
「何か、大変な事でもあったんだろうか」
「王宮には戻られずに、そのまま後宮のお部屋にお帰りになられてしまったので。私共は控えの部屋に下りましたが、特には……お忙しかったことに変わりはありませんでしょうが…問題はないかと」
 カルデは言葉を濁した。
 王は仕事で戻ったのだろう。やはり、アウディに話すことはない。
 カルデにしては下手な流し方だなと、不思議に思いながら、アウディも取り立てて気にすることは無かった。
「アウディ様、本日のご夕食で御座いますが」
「ああ、楽しみにしているよ。予備兵の宿舎とは比べ物にならないからね」
「陛下もお喜びになられることでしょう」
(……そんなに料理人が自慢なんだ)
 確かに王に出される料理だから、味は格別だ。けれど、あの無表情の王が料理人にこだわっているなんて、意外に思えてならない。

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