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水底に灯る火
G
 いつか、解放されたい。
 夢の中で10歳のアウディがずっと泣いている。
 けれど、遠くから声が聞こえて泣き止んだ。その声は「もう大丈夫だ」と言ってくれた。
 そして温かく柔らかいものに包まれて、10歳だったアウディは今の16歳の姿に戻って安堵の溜息をつく。
 大丈夫だと言ってもらえた。それが凄く嬉しい。
 嬉しくて、フワフワした気持ちのまま上昇していって、どうしてこんなに暖かなんだろうと思いながらアウディは目を覚ました。
「……あ。夢か」
 もっと、あの此処の良い気分を味わいたかった。
 名残惜しさにアウディはシーツに包まる……と、彼は正気に戻った。
 自分はソファに寝ていた筈では?
 どうしてベッドに移動しているんだ。それに肌を包む感触は間違いなく寝巻きで、寝た時は確かに外に出たときの服を着たままだった。
 それに何故か右手だけがじっとりと汗ばんでいる。何かを掴んでいるから、そこが熱いのだ。
 アウディは視線を右手に沿わせた。
 右手が掴んでいるのは、人間の手で、そして手の持ち主はアウディの知った人間であり……。
「どうして、陛下が」
 戸惑いながらアウディは解こうとした右手を大人しく放棄した。
 王がベッドに顔をうずめて眠っている。
 折り曲げた膝は床に付き、顔と胸だけをベッドに乗せた姿勢だ。そしてアウディの右手は握ったまま。
「どうしよう」
 ホカホカと温かい右手をコッソリと外すことも出来たかもしれないが、止めた方がいい気がする。
 起こしてはいけない気がしたし、王の手の暖かさが夢の続きみたいで未練を感じた面もある。
 アウディは溜息を一つついた。
 無表情で、何を考えているか判らず、どちらかといえば冷淡な王。
 それなのにアウディを寝かせようと瞼の上に乗せるときや、今現在握っている手には温かさがあった。安心して眠っていられる、そんな穏やかな気持ちにさせる手だった。
(なんで、こうなってるんだろう)
 握り合った手の指先には、小さな切り傷が幾つも刻まれていた。ナイフのようなもので、 猫の引っかき傷みたいに小さく短い線が、人差し指や中指にある。

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