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水底に灯る火
E

「参ったな、俺が話す必要がなくなったじゃないか」
 デミトリに事情を打ち明けたと明らかになると、グレビスは機会を逃したと苦笑する。
 すでに城を経つ準備に取り掛かっており、翌朝には出立するのだという。
 近衛の団長という役職の中で無理をしていたのであろう、どこかその様子は余裕のないものであった。
「どうしてバセリア公と繋がってたのさ、お陰で兄様はともかく僕も危険な目にあったじゃないか」
「私はおまけか」
 物怖じしないデミトリが問い詰めるとグレビスは少々困った顔になった。場所が馬場の近くだったこともあり、飼育係や従者たちが行き来している。
 干草を食む馬の穏やかな目に三人の姿が映っているのが、なんとも間抜けな光景であった。石の敷き詰められた中庭を、荷車を引く馬が通り過ぎて行く。
 城の部屋に移ることをグレビスが提案したのは、そのすぐ後だった。
 エールを飲みながらくつろぐグレビスに促されて、アウディもデミトリも席につく。大広間は晩餐のためにあけておく必要があったから別の階に通された。
 仕切りのない空間に人の姿が見えないところ、グレビスの部下の配慮がなされているのだろう。
「アウディの件は悪かったと思う。まさかバセリア公があそこまでやるとは思っていなかったんだ」
「それって、僕たちが捕まってどんな目にあうのか少しは考えてたってことだよね」 
「まあ、そのつもりで情報を流したんだからな」
 本来ならば不穏な空気で交わすはずの問答も、どうしてだかのんびりしたものに包まれてしまう。問い詰めるという役目のデミトリであったが、グレビスの煙に巻く雰囲気に流されて勢いを失っていた。
「バセリア公の動きはクロフェルド家にとってもマイナスにしかならない。ただ怪しい動きをしているといっても、噂だけでどうすることもできない。だからエサが必要だった」
 それがデミトリだったのだと、グレビスは悪びれずにいってしまう。そのあっけらかんとした様子にアウディは口をあんぐりとあけるぐらいしかできない。
 自分はエサを撒いたついでに暴行を受けたのかと、いやデミトリを脅すためだったのだから無意味な怪我を負ったわけでもなく。……などと悶々と考えが頭の中で堂々巡りを続けている。
「それにしたって兄様へのバセリア公の仕打ちは酷いよ」
「うーーん。血の繋がった甥だっていうのに、あれは酷かったよなあ」
 グレビスはしみじみと同意してみせる。さもアウディの身に何が起きたのか、見てきたようだ。

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